ロック史上に残る大問題作です。キャプテン・ビーフハートの3枚目は盟友フランク・ザッパのプロデュースを得て、ザッパ先生のストレイト・レコードから発表されました。2枚組全28曲の超大作です。

 このアルバムは数々の伝説に彩られています。ビーフハートがそれまで触ったことがなかったピアノを使って8時間半で書き上げた、1年半寝ていない、バンドはドラッグを使わなかった、メンバーはそれまで楽器を弾いたことがなかった等々。

 全部伝説に過ぎませんが、このアルバムにはそうした伝説がとても似合います。それほど常軌を逸した感じを与える作品なんです。カル・シャンケルが企画したジャケット写真にその一端が表れていますが、そもそもサウンドを聴けば一発で納得して頂けるでしょう。

 それまでレコード会社とごたごたしていたキャプテンですから、ザッパ先生に「スタジオに入って好きなだけリハーサルをやり、君のやりたいようにやろう」と言ってくれた時は嬉しかったに違いありません。

 ビーフハートが「誰の指図も受けず自分の支配下で作ることができたはじめてのアルバム」です。集められたマジック・バンドのメンバーで前作と同じなのはギターのジェフ・コットンとドラムのジョン・フレンチのみで、後の二人は新顔です。

 これが曲者です。というのもビーフハートの場合、新メンバーを自分の高度な独自スタイルに形づけていくために何か月もかかるからです。このための合宿はさながら監獄のようなものだったことは伝説に過ぎないということではなさそうです。

 再びザ・フォールのマーク・E・スミスに登場願うと、この頃のビーフハートの音楽の好きなところは、「この世に似たようなものがないところ。それにフリーフォームなのに秩序があって、その裏にメソッドが隠されているところかな」ということだそうです。

 この意見に私はまったく同感です。これまで現代音楽やフリー・ジャズやノイズなども聴いてきましたけれども、この作品ほど非音楽的な音楽も珍しい。ジョン・ケージの「4分33秒」の方が音楽的です。形は普通のポップス、短い曲が連打されているにもかかわらず、です。

 マークは「マジック・バンドはすごく努力したんだ。絶対そうだと言えるよ」とも言っています。ここまで非音楽的に楽器を弾くのは相当大変なんでしょう。普通の耳には間違っているとしか言いようのないラインを弾かされるわけですから。

 ビーフハートの奇矯なアイデアを、ジョン・フレンチが譜面に起こし、徹底したリハーサルで完成させて、一発録音という手法で録られたトラックを、ほとんど聴かずにボーカルを流し込む。恐ろしいアルバムです。一曲普通の曲があり、それはマザーズが演奏しているようです。

 前作のセッション感はこちらでは一切なく、奇矯なサウンドがどんどこ流れてきます。決して釈然としたわけではなく、永遠に理解できないのではないかと思わせます。そこがいい。音楽作品というよりも超然としたザ・芸術作品として屹立している凄い作品です。

参照:「めかくしジュークボックス」工作舎

Trout Mask Replica / Captain Beefheart & his Magic Band (1969 Straight)