数あるビル・エヴァンス作品の中でも、少なくとも日本では断然人気の高いアルバムです。ジャズの歴代ベストセラー・トップ10には確実に入ろうという代物で、ジャズそのものの入門編としても強く勧められる定番中の定番です。

 ビル・エヴァンスのこの頃の作品としては、もう一つ有名な「ポートレイト・イン・ジャズ」がありますが、そちらはジャケットの顔が怖い。それに比べると、ジャズの名盤の中でも一二を争う優美なジャケットに包まれたこちらに軍配が上がるのは自然なことです。

 このアルバムは、1961年6月25日にニューヨークのヴィレッジ・ヴァンガードにて行われたライヴを収録した作品です。同じ日の演奏は、一足早く「サンデー・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード」として発表され、このアルバムが続きました。

 さらに後に当日行われた5回のセットを全て収録した完全盤が出されています。どれだけ、この日のビル・エヴァンス・トリオの人気が高いかわかるというものです。オールマンズのフィルモア・イースト・ライブのようなものでしょう。

 トリオはビル・エヴァンスのピアノ、ポール・モチアンのドラムス、スコット・ラファロのベースから成っています。このトリオは、最初の作品が名盤の「ポートレイト・イン・ジャズ」でしたし、エヴァンスのトリオ史における最高峰と呼んでもよいかもしれません。

 しかも、スコット・ラファロはこの日からわずか10日後に交通事故で急逝してしまいました。これが最後の演奏になってしまったわけです。「サンデー・・・」は、そのラファロを追悼する意味をこめて、ラファロ作品を中心に編まれていました。

 その続編として、2歳になる姪御さんのデビイに捧げた「ワルツ・フォー・デビイ」のトリオ盤を目玉に据えたこの作品が発表されました。その曲以外は全てスタンダード曲で、それをトリオが自由闊達に演奏しています。

 ここでのビル・エヴァンスは、彼がクラシック・ピアノも弾きこなす人だと聞くとなるほどなと思わせるような落ち着いたピアノです。リリカルが舞い降りてくるようなメロディーが素晴らしい。まだ30歳そこそこなのに懐が深いイメージです。

 そしてわずか25歳で急逝してしまうスコット・ラファロのベースが素敵です。リズム楽器としてのベースというよりも、メロディーを奏でる歌うようなベースです。ポール・モチアンのドラムスをバックに、エヴァンスのピアノとラファロのベースが絡み合います。

 「物事を想像するために生まれてきたような非常にクリエイティヴな音楽家だった」とはエヴァンスのラファロ評です。そんなアーティストを20代半ばで失うとはいかにも惜しいことです。ジャズ界には悲劇が多いです。

 とびきり可愛らしい「ワルツ・フォー・デビイ」がやはり目玉です。とりわけ、冒頭のテーマ部分の可愛らしさったらありません。ベースとピアノが2歳のデビイちゃんと遊んでいるようです。悲劇を予感するものはなんにもない、なんだかいい感じのアルバムです。

Waltz For Debby / Bill Evans Trio (1961 Riverside)