ベネズエラは中南米ではブラジル、メキシコ、アルゼンチンに次ぐ第4の経済規模を持つ大国です。英雄チャベス大統領の死去からしばらくたち、政治経済は混乱しています。周辺諸国への影響も大きいだけに、一刻も早く落ち着いてもらいたいものです。

 セシリア・トッドは「ベネズエラの伝統音楽を、可憐な魅力と余人の及ばぬ説得力で歌い続ける」ベネズエラの大歌手です。1951年生まれですから、65歳になりますが、写真を見る限り、とても若々しい。歌声もみずみずしいです。

 ベネズエラは多くの中南米諸国と同じく豊かな音楽世界を有しています。セシリアによれば、「異文化融合の産物」です。アフリカ系、スペイン系、さらにスペイン系を通してイスラム教徒がイベリア半島に伝えた音楽も入って来ていて、南米の中でも混淆の度合が強いそうです。

 この作品は、2016年8月にセシリアが東京で行われたワールド・ミュージック・フェス、「スキヤキ・ミーツ・ザ・ワールド」に出演するために来日したことを記念する作品として、日本で独自に編集された作品です。1979年から2008年まで30年近いスパンでの選曲です。

 「日本で初めて出るCDなので、ベネズエラのいろいろな地方の音楽や、異なるジャンルを収めた、変化に富んだアルバムにすることをまず考えました」とセシリアは語ります。「ベネズエラへの思いをたくさん込めて完成させた作品です。」

 ここに収められた全15曲は確かにさまざまなスタイルが混在しています。それぞれにつけられたジャンル名は、東部のホローボ、メレンゲ、デシマ、ヴァルス、ホタ、フリーア、御子の門付け歌、アギナルド、ダンサ、ポロ、ゴルベ・ラレンセとなっています。

 この中で有名なのはメレンゲですけれども、ポピュラーなドミニカ共和国のメレンゲとは系統が違うそうです。首都カラカスで1930年代に「カニョネロ」というスタイルのダンス音楽としてのメレンゲが流行っており、ここではその時代の曲も歌われています。

 彼女が演奏している4弦ギターはクアトロというベネズエラの国民的楽器です。セシリアによれば、「とても人懐っこい楽器です」ということです。ベネズエラのどんな音楽も伴奏できる、すなわちベネズエラ音楽を特徴づけている楽器だと言えます。

 他の楽器も、フラット・マンドリンやマンドリンの先祖とされるパンドーラなど、弦楽器を中心に、太鼓やマラカスなどが参加しており、編集盤ならではの「新旧の名人・大家」が参加しています。ライブもありますから、お得感が大きいです。

 看板曲となっているのは、1973年に彼女が留学先のアルゼンチンで発表したデビュー作品の一曲「緑の小鳥」です。このデビュー作はアルゼンチンで大成功をおさめ、一躍ベネズエラの伝統音楽が見直される端緒を開きました。

 伝統音楽なのでしょうが、とても同時代的です。5拍子のメレンゲなど、不思議な感触をもたらせてくれますし、決して古臭い音楽などではありません。セシリアの美しい歌声ときらきらしているクアトロの音色、そして豊かなリズムは豊潤な体験をもたらせてくれます。

Venezuela En Canto / Cecillia Todd (2016 スキヤキ・ミーツ・ザ・ワールド)