マイク・オールドフィールドは「チューブラー・ベルズ」の特大ヒットによって、一躍時の人となりました。しかし、まだ若い彼はそれに耐えられず、ウェールズに近いハージェストという町に引きこもってしまいました。

 「ハージェスト・リッジ」は彼の家から見える小高い丘の名前です。そこで模型のグライダーを飛ばすことを楽しみにしていたそうで、そのグライダーはジャケットに少し写り込んでいます。何とも分かりやすいお話です。

 そこで曲作りを始めたマイクは、やがて前作と同じリチャード・ブランソンのマナー・スタジオに入ってこの作品を作り上げました。やはり若いだけに創作意欲が湧き出ていたんでしょう。単なる引きこもりとは訳が違います。

 本作でも前作と同様に、マイクがほとんどの楽器を演奏して、LP両面を使った一つながりの楽曲を奏でていきます。前回ほどではないでしょうが、何回もダビングされていることは間違いありません。いわゆる唄は入っておらず、インストゥルメンタルの大作です。

 姉のサリーを含む若干名のゲストに加えて、今回はケヴィン・エアーズのホール・ワールドで一緒だった現代音楽の世界でも活躍するデヴィッド・ベドフォードが指揮するコーラスとストリングスが加わっています。

 初心の魅力が満載の若干派手目だった前作に比べると、本作の方がより大人しい牧歌的なサウンドになっています。前作でも漂っていたケルトの香りはさらに濃厚になり、ゆったりとしたリズムが内向的なマイクの心象風景を写しています。

 「このアルバムの方が若さともろさとマイクの弱さを出してしまっているという意見が出されることが予想されるとするなら、それらすべてをひっくるめたマイクの夢とリリシズムこそがこのアルバムの底を流れる生命なのだ」とは間章氏の評です。

 実際、マイクは、前作も含めてですが、この作品を「感情が入り過ぎていると語り、自身の人生のダークサイドが音楽にも反映され過ぎた」と語っています。私はこのアルバムを聴いて、ダブステップの若者ジ:ェイムズ・ブレイクを思い出しました。何ともヒリヒリする体験です。

 ジャケット裏には表にも見えるアイリッシュ・ウルフハウンドのブートレグのアップが写っています。狼を狩るために改良された品種ですが、追い求める狼はもう絶滅しています。「夢と幻の中にしかあるはずのない狼を求め、その犬は孤独に、だが誇り高く・・・」。

 間章氏がマナー・スタジオの愛犬ブートレグを通して見た姿はマイクの姿そのものです。そして、「この夢と思いを込められた感性のレコード」に胸が締め付けられます。何とも美しく、そして大きなインナー・ワールドが描かれています。

 なお、本作は2000年にリミックスが施されており、そちらが以後の定番となりました。そのため、音がかなりすっきりとしており、やや時代を感じる録音だった前作とは音の印象が違います。しかし、よりマイクの姿がはっきりと捉えられるようで、私は好きです。

参照:「さらに冬へ旅立つために」間章

Hergest Ridge / Mike Oldfield (1974 Virgin)