「ウエスト・サイド物語」はミュージカルの初演が1957年です。昔の日本ではブロードウェイ・ミュージカルなど触れることすら難しかったですから、ほとんどの日本人は1961年に映画化されたものが原体験となっていると思います。

 それにしても私はまだほんの乳飲み子でした。すなわち、私の親世代、現在は後期高齢者に差し掛かっている世代の青春時代を彩ったミュージカルの定番中の定番です。まだまだ戦後が続いていた時代です。

 親の世代が入れ込んだ作品というと、最も感情移入が難しい対象になります。むしろ戦前の作品の方が余計なことを考えずに聴けます。そんなわけで、私は「ウエスト・サイド物語」は映画もミュージカルも見たことがありません。

 とはいえ、テレビやラジオからは頻繁に流されてきましたから、その音楽は耳に馴染んでいます。改めてCDを聴いてみて、あまりに良く知っているので驚きました。「マリア」や「アメリカ」「トゥナイト」などの代表曲だけではなく、インスト部分まで耳になじんでいます。

 要するにどこか距離を置いてはいたものの、音楽自体はとても良く知っているという曰く言い難い作品なわけです。おまけにミュージカルなのかオぺラなのか判然とせず、作品自体が微妙な位置づけにあります。

 本作品は、レナード・バーンスタインによる唯一の自演盤です。演奏者は歌手以外はクレジットがありませんが、バーンスタイン自身が集めた腕利きのミュージシャンばかりだそうで、本録音にかけるバーンスタインの気合が感じられます。

 マリアはキリテ・カナワ、トニーはホセ・カレーラス。誰しも名前を知っている有名な二人が主役を演じていますが、彼らと並ぶ著名なオペラ歌手マリリン・ホーンが「少女」として一曲だけ唄っているという何とも豪華な顔ぶれです。

 映画ではナタリー・ウッドとリチャード・ベイマーが演じていますが、歌を歌っているのは別人でした。それでもこの二人の印象が強すぎて、違和感を感じるかもしれません。ちなみに最も有名になったジョージ・チャキリスは脇役なんですね。

 と、まあ親世代の身になって心配してしまいましたが、私にとっては全く違和感がなく、クリーンにこの作品を楽しむことができました。クラシック界で名を成した人々によるミュージカルという面白い作品は、オペラと現代をつなぐミッシング・リンクを埋めています。

 モダン以前のジャズの影響を上手く料理して、ブルースからマンボ、チャチャチャなどの大衆音楽の要素を入れ込み、さらにバレー音楽にも目配りしながら、アメリカの戦後の黄金時代を生き生きと描いた作品だと思います。

 1957年といえば、ロックンロール誕生前後です。この作品に盛り込まれた要素はロックンロールに繋がっています。物語的にもロックンロールですし、音楽的にも「ウエスト・サイド物語」はロックンロール誕生を告げる作品だったのかもしれません。

West Side Story / Leonard Bernstein (1985 Deutsche Grammophon)