このジャケットには唸りました。デザインはソニーレコードのハウス・デザイナーを務めていた田渕稔という方で、イベント会場のトイレの洗面台で撮影した写真がジャケットを飾っています。タイポグラフィーといい、見事にお洒落なデザインです。

 ジャケットだけで腹いっぱいになってしまって、リアルタイムでは入手していませんでした。罪作りなジャケットだと言えます。それもあって、私のピチカート・ファイヴの歴史認識は大いに混乱しています。

 時代を先取りしていたと盛んに言われるので、てっきりパンク/ニュー・ウェイブ時代の作品かと思っていました。しかし、実際には1987年発表ですから、同時代ではありません。当時から活躍していた野宮真貴の印象が強いことも一因でしょう。

 一方、「渋谷系」が盛んになるのは少し後の時代です。しかし、カジヒデキさんはライナーで、「渋谷系とは何か?という質問の究極の答えは『小西康陽さん』だと思っています」し、「『カップルズ』は渋谷系の輝かしい金字塔アルバムだと思います」と書いています。

 時代が混乱するのも分かって頂けたでしょうか。そもそもサウンド自体がタイムレスでモンドな感じがします。何と言っても「バカラックのようなシンコペーションのコレクション」ですから。混乱こそ我が墓碑銘という感じかもしれません。

 この作品はピチカート・ファイヴのデビュー・アルバムであり、オリジナル・メンバーで制作された最後のアルバムでもあります。ここではボーカルは野宮真貴ではなく、オリジナルの佐々木麻美子がとっています。

 そのウィスパー気味のボーカルは色気があってこれはこれで大正解です。冒頭のラヴィン・スプーンフルのカバー「マジカル・コネクション」から惹きつけられます。それ以外はすべてオリジナルで、他のメンバー3人がそれぞれ作曲しています。作詞は小西康陽一人です。

 一番大きな特徴は、演奏をスタジオ・ミュージシャンに任せていることでしょう。一応バンドですからこれは大きな決断だといえます。本作のディレクターを務めるソニーレコードの河合マイケルの提案だったそうです。

 フロントマンの小西康陽は、「スタジオ・ミュージシャンを起用したことによって、音楽が経年による劣化から守られていることにも感服した。いまさらながら河合マイケルの聡明さに驚く」と書いています。これは確かにその通りで、ちょっとした驚きでした。

 手練れのスタジオ・ミュージシャンが本気を出すと凄いのだなと改めて思い知らされました。12曲の極上のバカラック的なポップスは、彼らによって永遠の命を得たようです。まさにビーチ・ボーイズの「ペット・サウンズ」的です。

 必ずしも時代とともに語る必要もなく、永遠のポップ・スタンダードたらんと意図するピチカートの努力を愛でていればよいと思います。本格的なコンピューター時代到来前であったことも一役買っています。ボッサ、フレンチ、そんな系統に少し寄ったお洒落なポップスです。

Couples / Pizzicato Five (1987 ソニー)