何というタイトルでしょう。朽人という表現は死にゆく人を指していると思われます。死にゆく人に鳥が寄り添っている。何とも詩的な情景です。ベッドに横たわる老人、その傍らには止まり木に止まったオウムでしょうか。

 しかし、これは全くの誤解です。Dyingではなくて、Dyningです。私もすっかり「死んでいく」と読んでいましたが、これはヘテロダイニングをアルヴィン・ルシエが自己流に略した言葉なんだそうです。全く人騒がせな。

 ここでヘテロダインに出会えるとは思ってもみませんでした。「ラジオの製作」を読んでいた電気少年の私にはとても懐かしい言葉です。ラジオを勉強するとすぐに出くわす言葉で、現在のテレビやラジオはすべてスーパー・ヘテロダイン方式受信機なんです。

 ヘテロダインとは、二つの波が合成された時に、その和と差から二つの新しい信号が生み出されるという現象のことで、音波においても同じことが起こります。タイトル曲「朽人に寄り添う鳥」はその「現象による爆発」が収められています。

 ここでの鳥は、カリフォルニアの若い作曲家から送られた「銀製の球とエレクトロニックの銅線でできていた」電気仕掛けの鳥です。鳥のさえずりの音がする簡単なおもちゃです。この曲はそのさえずりの音を使った作品です。

 ルシエはマイクロフォンを耳に装着して、電気鳥がさえずるステージを歩きまわります。マイクで拾った音はステージに置かれた大きなスピーカーから流れる仕組みになっています。この二つの音がヘテロダイン現象を起こして、新しい音を生んでいきます。

 新しい音は、いわば鳥のさえずりの幽霊だとも言えます。「これらの幽霊は空間のいたるところに現れ、聴いている者の頭の中や周りにつきまと」います。それを歩く場所、スピード、マイクを装着した頭の位置でもって、ある程度ルシエがコントロールしていきます。

 このアルバムにはそのパフォーマンスの様子が収められています。24分間にわたって、甲高い鳥のさえずりとフィードバック音とその幽霊がキンキンと響き合っています。正直、CDで聴いているだけではどれが幽霊だか分かりませんが、何とも面白い作品です。

 一方の、「デューク・オブ・ヨーク」は1972年の録音で「本人による肉声が徐々に電子音と同化し、最終的にエレクトロニクスに飲み込まれていく様子を記録した」ものです。マッド・サイエンティストに分類されるルシエならではの作品です。

 アルヴィン・ルシエは、アメリカの現代音楽アーティストで、生まれは1931年の大御所です。早くからエレクトロニクスに注目し、「自然環境を多く引用したエレクトロ技術を使用している」ところが特徴です。

 ロバート・アシュレイやゴードン・ムンマらとソニック・アート・ユニオンを結成して映画のサントラなども制作しています。いわゆる現代音楽の王道を行く人ですし、録音作品としては初期の作品に分類される本作品もまたいかにも現代音楽らしい響きに包まれています。

Bird And Person Dyning / Alvin Lucier (1977 Cramps)