ジャケットは寒々としたイングランドの海辺です。モノクロに一部着色が不思議な感触を持っています。この頃はやり始めた趣向です。海をのんびり見ている上段と、波をかぶった下段と、その対比が寒々とした心象風景を表現しています。

 チェリー・レッドから発表されたベン・ワットのソロ・アルバムは、前年に発表されたトレイシー・ソーンのデビュー作と対をなす作品として認識されています。後にバンドを組む二人ですから当然に思えますが、この頃はそこまでの関係にはなかったはずです。

 それでもレーベルが同じ、醸し出す空気が似ているということで、レーベル側も最初からペアだと考えていた節があります。公開見合いのようだと考えれば面白いです。こういうことが起こるとレーベルで働くのもさぞや楽しいことでしょう。

 この当時、ベン・ワットは二十歳を少し越えたくらいです。トレイシーと同じく、801がライブをしたことでも知られるハル大学の学生でした。父親がジャズ・ミュージシャンという家庭に育ち、幼少期からさまざまな音楽に触れています。

 一番好きなのはTレックスからギルバート・オサリヴァンに至るブリティッシュ・ポップだといいますが、父親の影響は骨身にしみわたっており、ジャジーな雰囲気がベースになっているところが彼の魅力です。

 この作品は、一部にジャズ畑からピーター・キングがサックスで参加しているものの、基本的にはベン・ワットのギターないしピアノによる弾き語りアルバムと言ってよいです。録音は重ねられていますからストレートな弾き語りではありませんが。

 メランコリックなジャジー・ムードを持っている弾き語りアルバム。トレイシー・ソーンとペアだと思われるのも無理はありません。同時期に同じレーベルにこのような音楽が集合したのは時代のなせるわざでしょう。

 トレイシーに比べると、さすがにお金はかかっています。エンジニアにマイク・グレゴヴィッチを招き、「リバーブの効いた繊細なギターと、朴訥としたボーカルがからむメランコリックな世界観」をゴージャスめに演出しています。

 注目すべきはボートラに収録されているロバート・ワイアットと共演したミニ・アルバムです。後のベンの活躍を考えるとさほど相性が良いとも思えない二人ですけれども、ここでは師匠の胸を借りるベンの姿が清々しいです。

 発表当時は軟弱だと言われたりして散々で、トレイシーの方が日本でも人気がありましたが、音楽的な完成度の高い本作はじわじわと浸透していきました。ブリティッシュ・ポップの遺伝子がしっかり受け継がれているところもポイントが高いです。

 モリッシーのような容貌もあって、どこか近寄りがたい雰囲気をかもし出しているベン・ワットですけれども、レーベルの計らいでトレイシーと出会い、二人一組で大きく羽ばたくことになります。飛び立つ前の名刺代わりの力作でした。

North Marine Drive / Ben Watt (1983 Cherry Red)