謎の歌手の体裁をまとったようなそうでないような。ボーカルをとっているシーローに「35ドル貸しがある」男がナールズ・バークレイです。一応架空の人格を作り上げたということになるんでしょう。ただ、まるで一貫していない。その緩い感じが素敵です。

 日本盤の帯には、「なせばナールズ、世界を制覇」なんて書いてあります。こうしてみんなでいじってよいというコンセンサスがあるんです。「千のビートを操るねずみ男」、DJデンジャー・マウスと、「アトランタのソウル魔神」、シー・ロー・グリーンはゆるゆるのユニットです。

 古い世代にとっての驚きは、何と言っても、ナールズの曲「クレイジー」が史上初めてダウンロードだけで英国チャートの1位になったということです。今となっては何の衝撃もないわけですが、何事も初めてというのは立派なことです。

 二人のユニットは、アウトキャストやブラック・アイド・ピーズ、ワイクリフ・ジョンなどの系統にすんなりと位置付けられます。実際、シー・ロー・グリーンことトーマス・キャラウェイと、アウトキャストの二人は高校時代からの悪友だそうです。

 ギャングスタ系のヒップホップではなく、かと言って、シリアスなR&Bでもない。最先端サウンドを人を喰ったようなユーモア感覚でもって構築していく。何でもありなのに、一本筋の通った強かさにあふれている。ことさらに肩ひじ張らない。そんなサウンドです。

 デンジャー・マウスはニューヨークに生まれ、13歳でアトランタに移り住んでいます。そして、19歳の頃にビートルズを聴いて、その深さに驚きます。1977年生まれの彼が1996年にビートルズを聴いて人生が変わるというのも感慨深いです。

 彼は21世紀の名プロデューサーとして八面六臂の大活躍をするわけですが、そのサウンドを一手に引き受けたこのナールズ・バークレイが初の商業的成功と言えるでしょう。「クレイジー」は英国チャートで9週連続1位を記録しています。大記録です。

 一方のシー・ロー・グリーンは、本作品では歌と歌詞を担当しています。変幻自在のボーカル・パフォーマンスはありあまる才能を遺憾なく発揮しており、デンジャー・マウスがほれ込むのも良く分かります。

 NBAのチャールズ・バークレイをもじったユニット名で、作ったのに誰にも相手にされてこなかった「クレイジー」を爆発的にヒットさせると、アルバムも大ヒット、米国でもプラチナ・アルバムを記録しています。耳に残って離れない「クレイジー」は世界各国でヒットしています。

 映画のフィルムを回す音をSEとして、各所に配しているのは、アルバムとしての統一感を出すためなのでしょう、とても効果的です。モダンで、かつレトロでもある多様なサウンドを提示してまとまりを演出する意図は見事に成功しています。

 アイデアをキュッと引き締めたコンパクトな全14曲はあっという間に過ぎていきます。グラミー賞まで受賞した圧倒的な人気にも係わらず、2年後の2枚目に続く3枚目は、2016年現在「なお制作中」の模様です。このゆるゆる感がたまりません。

St. Elsewhere / Gnarls Barkley (2006 Atlantic)