パブリック・エネミーはヒップホップの教科書です。ヒップホップにあまり縁がなく生きてきた私にとって、ラップはグランドマスター・フラッシュに始まり、ヒップホップはパブリック・エネミーに始まります。特にこの2枚目。これがヒップホップだと学びました。

 正確にはランDMCの「ウォーク・ディス・ウェイ」が早いのですけれども、そちらの方はどちらかと言えばエアロスミス寄りで聴いていたのでノーカウントです。パブリック・エネミーの社会派ヒップホップをもって本格的なヒップホップが始まりました。

 パブリック・エネミーは、大学内のラジオ局で番組を始め、その中で自分たちの曲を流して評判となったチャックDとその仲間を中心に結成されました。評判を聞いたデフ・ジャムの設立者リック・ルービンが2年間をかけて口説き落としたのだそうです。

 このデビュー物語もいかにもヒップホップ的です。ストリート系の話にしては、どことなくゴージャス感が漂います。売り込んだのではなく、向こうから接近してきたところにも社会派の矜恃が感じられます。

 チャックDは、MCとして自身の他にフレイヴァー・フレイヴ、DJとしてターミネーターX、バックダンサーのリーダーとしてプロフェッサー・グリフを起用し、この4人が一応パブリック・エネミーらしいです。

 この他にボム・スクワッドというプロデューサー・チームがあります。そこにはラジオ番組仲間のハンクとキースのショックリー兄弟、エリック・サドラーにチャックD、そしてビル・ステップニーを加えたチームです。

 ボム・スクワッドの名前はアルバムには出てきませんが、ハンクとチャックDの別名カール・ライダーがプロデューサー、アシスタントにエリック、スーパーバイザーにビルの名前がクレジットされています。

 実にヒップホップらしい。従来型のロックやポップスのような調子でクレジットを追っていると訳が分かりません。プロデューサーとミュージシャンの境目がエレクトロニクスの進歩でどんどん低くなってきました。ここにサンプリングが輪をかけました。

 この作品は確かに衝撃的でした。ファンキーな黒いリズムが全編を貫き、そこに社会派のリリックによるラップ。そして、スクラッチももちろん含む、ノイズとも何ともいえない何でもありのサウンドが展開する。絶妙な組み合わせです。

 重いリズムがどす黒く展開する中に、いくつもの曲の断片がサンプリングされて出てきます。クイーンの「フラッシュ・ゴードン」が出てきた時には驚きました。まだまだサンプリングはそれほど一般的ではありませんでしたから。

 ともかく、ヒップホップなる音楽は、出現当時のロックやパンクのような巨大なエネルギーを持っていることが門外漢にも伝わってきました。オールド・スクールのストイックな姿勢が眩しい傑作です。

It Takes A Nation Of Millions To Hold Us Back / Public Enemy (1988 Def Jam)