これまでザ・キュアーのアルバムではメンバーの顔写真をあしらったジャケットはありませんでした。「顔写真を載せると、とかく誤った先入観でレコードを聴かれることがあるので、それをさけたい」と、ロバート・スミスは語ります。ビジュアル系なのに不思議な発言です。
 
 その禁も4枚目にして破られました。ぼやけた写真なので、メンバーの顔ははっきり分かりませんが、シザーハンズのようなロバート・スミスの佇まいは比較的はっきりと確認できます。彼らはビジュアルとサウンドが一体化していますから、こちらの方が居心地がよいです。
 
 このアルバムはロバート・スミスのパーソナルなアルバムという印象がかなり強いです。スミスはこの当時、相当なうつ状態だったようで、それがサウンドに表れています。彼を中心にしたサウンドはある種病的な感じがするんです。
 
 こんなサウンドを追求すれば、メンバー間で衝突が起こるのもわかります。結果的に、このアルバムを発表した直後には、彼らのサウンドを支えていたベースのサイモン・ギャラップが脱退しています。バンド自体も病んでいたわけです。
 
 「ポルノグラフィー」は、前作と同じ3人で制作されましたが、サウンドは見違えるようにゴージャスになりました。キーボード群の活躍が目立ち、エコーの森が深まっており、前作までのスカスカ感は薄まって、むしろ、ぎっしりと詰まった音になりました。
 
 後にゴシックないしゴスと呼ばれるサウンドの元祖として高い評価を受ける所以です。ついでに、ロバート・スミスはここまでにスージー&ザ・バンシーズともある意味で掛け持ちしていた人ですから、スージーズがゴシック的になったのも彼の影響でしょう。
 
 各楽曲につけられた邦題がなかなかのものです。「ワン・ハンドレッド・イヤーズ」は「血ぬられた100年」ですし、「殺戮の囁き」、「幻影地獄」、「氷塊」、「首吊りの庭」などなど。レコード会社の担当者と心が響きあったのでしょう。そもそもこれが彼らの本邦デビューですし。
 
 ある種病的なアルバムですから、青春の悩みを抱えた人々の中には深く深く自らを同調させる人があってもおかしくはありません。好きな人はとことん好きという類です。実際、イギリスではこのアルバムはこれまでで最も売れたアルバムになっています。
 
 そして、フランスをはじめ、ヨーロッパ大陸に多くのファンを獲得します。大陸のファンは英国よりもロックを深刻にとらえる傾向がありますから、こうしたサウンドはまさにうってつけです。ツボにはまったと言ってもよいでしょう。
 
 英語というハンデはあるものの、日本でも響き合った人は結構多かったと思います。私もまだ若かったですから、気持ちはわかりました。ティーネイジャーの頃だったとしたら、もっとのめりこんだかもしれません。
 
 調子はずれともいえるスミスのボーカル、背景に広がるシンセの音、エフェクトをかけたドラム・サウンドは、スミスの苦悩を増幅して伝えてきます。ある意味では癒しのアルバムなのでしょう。その名のとおり、キュアーです。決してイージー・キュアーではありません。
 
Pornography / The Cure (1982 Fiction)