チャールズ・ミンガスやビリー・ホリデー、エリック・ドルフィーなどのジャズ・ジャイアンツとの共演で知られる、自身ジャイアンツの一人、ピアニストのマル・ウォルドロンは1965年に欧州に渡りました。そしてさまざまなバンドとコラボレーションをします。

 その一つがこの作品です。エンブリオは、1969年にクリスチャン・ビュシャールを中心に結成されたドイツのプログレッシブ・ロック・バンドです。決してメジャーなバンドではないと思っていたのですが、1972年のミュンヘン・オリンピックで演奏しているそうですから凄い。

 この作品は、1971年12月、72年3月と9月に行われた三回のセッションを音源とするアルバムの一つです。エンブリオはこの録音を当時彼らが所属していたレーベル、リバティーに持ち込みますが、レーベル側はこの発表を拒否しました。

 出てきた音はエスノ・フュージョンでしたから、ロックを期待していたリバティーにはお気に召さなかった模様です。ところが、これにプログレ好きのレーベル、ブレインが興味を示しました。ビュシャールはこれを3万マルクで売却することを即決しました。

 セッションは二枚のアルバムにまとめられて発表されました。一つがこの作品、もう一つが「ロックセッション」と題されたアルバムです。捨てる神あれば拾う神あり。こうして陽の目を見たことは本当に素晴らしいことです。

 アルバムには、71年12月のセッションから、B面全部を占める大曲「コール」と、「ドリーミング・ガールズ」が収録されました。もう一曲「オリエント急行」は72年の2回のセッションを経て完成した曲です。ここには「ラジオ・マラケシュ」をエアチェックした音が加わっています。

 彼らはスタジオでのライブ録音を企図していました。長々としたリハーサルもオーバーダブもせず、最初のテイクに集中したと語っています。そのためにはちゃんと楽器の弾ける才能豊かなミュージシャンを集める必要があります。何人かがこの時点で交代しています。

 マル・ウォルドロンの参加もその一環なんでしょう。むしろ、彼の参加がそういうコンセプトを引き出したのかもしれません。当時、ドイツで売れっ子だったアメリカ人キーボード奏者のジミー・ジャクソンの参加も光ります。

 恐怖系ヘビメタ・バンドのようなジャケットに写っている楽器は中東の弦楽器サズです。サズはしっかり活躍しており、冒頭に「ラジオ・マラケシュ」が出てくることを考えあわせると、エスニックな風味が一つの持ち味だということが分かります。

 ストレートなエスノ・ジャズ・ロックだと言えるのですが、サウンドの質感が不思議です。16ビートを刻むメロトロンの音、ライナーで榎本隆一氏が指摘する「錆びているように聴こえ」るエレピの音。これはウォルドロンのピアノですから、わざとであることは間違いありません。

 スピード感あふれる演奏は素晴らしいの一言です。これを拒否するレーベルがあったことが驚きです。ウォルドロンの知名度もありますから、しっかりプロモーションすれば、長らく語り継がれるアルバムになったでしょうに、初動の失敗は祟ります。残念なことです。

Steig Aus / Embryo (1973 Brain)