ダニエル・バレンボイムはアルゼンチン生まれですが、10歳の時にはイスラエルに家族そろって移住しています。それなのにアルゼンチン時代にすでにピアニストとしてデビューしていたといいますから天才ぶりが分かるというものです。

 バレンボイムは、自分のことを天才だと評価してくれた、かの偉人フルトヴェングラーに私淑しています。イスラエルなのにドイツドイツしているわけです。レパートリーもワーグナーやリヒャルト・シュトラウスなどのドイツ系が多い模様です。

 この作品はバレンボイムが音楽監督をやっていたパリ管弦楽団によるラヴェルの管弦楽曲集です。彼の在任期間は1975年から1989年までと長きにわたっていて、ドイツものを積極的に取り入れたそうです。フランス人はそれでよかったのでしょうか。

 その意味ではこれは珍しいと言えば珍しいのでしょう。パリ管弦楽団としては嬉しかったのではないでしょうか。いかにも頑固そうなバレンボイム監督がこうしてラヴェルを取り上げてくださる。ここは張り切らねば。

 しかし、「ボレロ」はかなりゆったりしています。普通は15分くらいの曲ですけれども、ここでは17分30秒あります。もちろん、あの「ボレロ」ですから、同じフレーズが延々と続くのですが、回数が多いということはありません。当たり前ですが。

 ゆったりと、じっくりと進んでいきます。テンポがやや遅いので、リズムがはねない。不思議なボレロです。これではちょっと踊りにくいのではないかと思います。ロックしていないぞ、というドイツ流解釈のボレロです。

 このゆったり加減は「亡き王女のためのパヴァーヌ」では無類の美しさを発揮します。16世紀の宮廷舞曲パヴァーヌを使った、元々はピアノ曲だった作品です。舞曲ではあってもバレエ用の曲ではありませんから、ゆっくりしたテンポがピッタリです。

 三曲目は「ラ・ヴァルス」です。ディアギレフに依頼されて書かれた「皮肉に満ちたグロテスクなワルツ」です。もちろん、こちらもややゆったりと進行していきます。もともと踊れそうにない曲なので、ここではその点は気になりません。

 最後は「ダフニスとクロエ」の第二組曲です。フルートのソロはミシェル・デボストとクレジットされています。この中の「夜明け」はラヴェルの最も優れた音楽といわれています。細やかで優美な演奏はなかなかに美しいです。

 パリ管弦楽団はドイツ人監督にも負けず、フランス的な優美で華やかな演奏を貫いたんだそうです。ここでも何とも優しいタッチの演奏がまるでフランス映画を見ているような気にさせてくれます。クラシック初心者にありがちなコメントかもしれませんが。

 ただ、この「ボレロ」とどう折り合いをつけてよいのでしょうか。ロック・テイストとまでは言いませんが、リズムを中心に聴こうとすると、何とももやもやします。カラフルな演奏ですし、盛り上がりもあるのですが、どうしてもこのリズムの跳ねなさ加減が気になります。

Ravel : Bolero / Daniel Barenboim, Orchestre de Paris (1982 Deutsche Grammophon)