今では邦題は普通に「ショパン:前奏曲集」となっていますが、発表当初はどうやら「若きアルゲリッチの情熱」と題されていた模様です。情熱というのはどうかなと思わないではありませんが、マルゲリッチの当時の捉えられ方を表しているようで面白いです。

 それに「24の前奏曲」は1974年10月の録音で、その時、アルゲリッチは33歳です。普通ならば若いのでしょうけれども、早熟の天才である彼女の場合はわざわざ「若き」とつけるのも変です...本当に「若きアルゲリッチの情熱」と題されていたんでしょうか。

 ピアノの詩人フレデリク・ショパンの数あるピアノ作品の中でも、「24の前奏曲」はその有名度合いにおいて、かなり上位に位置すると思います。聞き覚えのあるメロディーが、これでもかこれでもかと連打されます。

 日本で一番有名なのは7番でしょう。太田胃散のCMに長い間使われていたので、耳にこびりついています。わずかに40秒ほどの曲ですから、まるでショパンがCMに使われることを前提に書いていたのではないかとすら思います。

 多作のショパンですから、今の時代に生きていれば、恐らくテレビ業界から引っ張りだこだったに違いありません。売り込む時には、この「24の前奏曲」を持ち込めば完璧です。長短すべての調性で書かれていますから、サンプルにはぴったりです。

 そして、15番の「雨だれ」。これも人気曲です。一番長い曲ですけれども、それでも5分に満たない。短時間に耳を釘付けにする作曲能力は凄いものです。やはり、CMなりテレビ・ドラマのサントラ作者としては理想です。

 このアルバムには、他に二つの前奏曲が収められていることに加え、ピアノソナタ第2番が加えられています。第三楽章に葬送行進曲があるので、一般に「葬送ソナタ」と呼ばれています。最初に葬送行進曲が出来て、2年後に楽章を三つ足したそうです。

 ショパンの葬送行進曲も見事に超スタンダードになっています。お葬式を記号的に表そうとする時には、これさえ流しておけば事足りると思われるほど有名です。評論家に、後で足した楽章と葬送のバランスが悪いと酷評されるほど葬送が際立っています。

 アルゲリッチは1965年にポーランドで毎年行われているショパン国際ピアノ・コンクールで優勝しています。ちなみにこの年の4位になったのが中村紘子さんです。このコンクールはショパン曲のみで争われるといいますから凄い。

 優勝するくらいですから、ショパンとの相性は良いのでしょう。このアルバムには超有名曲ばかり収録されていますけれども、どれもこれも瑞々しいです。彼女の70年代は恋多き時代であり、まだソロ曲を弾きまくっていた時代ですから、のりにのっていたのでしょう。

 ずっと聴いていると、確かに若々しいなと思いますし、特にピアノソナタは情熱的だと思い始めてきました。前奏曲の鮮烈さも、秘めたる情熱が感じられてきました。やはり「若きアルゲリッチの情熱」が正しいのかもしれません。

Chopin : Préludes / Martha Argerich (1975 Deutsche Grammophon)