ペンギン人間のジャケット絵は、ロンドンの彫刻家エミリー・ヤングの作品です。彼女は、この当時、ペンギン・カフェ・オーケストラのリーダー、サイモン・ジェフスのパートナーでした。彼らの成功は彼女なしには考えられなかったことでしょう。

 エミリーは、シド・バレットにも影響を与えていて、ピンク・フロイドの名曲「シー・エミリー・プレイ」のエミリーなんだそうです。当時のロンドンのアート・シーンを知る上で、貴重なエピソードだと言えます。

 ペンギン・カフェ・オーケストラは、サイモン・ジェフスによって結成されました。サイモンは音大を目指していたものの、ドロップアウトして独自の道を歩んだ人です。彼は、南フランスのビーチで突如、ペンギン・カフェ・オーケストラの結成を思い立ちます。啓示です。

 ペンギン・カフェ・オーケストラは「みんなが聴きたいと思う音楽であり、気持ちを高揚させるような音楽」を、「人々の気持ちが通じ合い、交わるような場所」で流すために創造されました。新しいカフェ・ミュージックです。

 彼らの音楽は日本では環境音楽と呼ばれていましたが、サイモンの言葉を借りると、「冷酷さや暗黒、抑圧と言ったものから攻撃を受けている時に、それらを乗り切るための音楽」であり、「架空のフォークロア」「セミ・アコースティックな現代の室内楽」です。

 しかし、デビュー作であるこのアルバムは、当初、ブライアン・イーノが始めたオブスキュア・レコードの一連の作品の一つとして発表されましたから、私はてっきりアカデミックな現代音楽だとばかり思い込んでいました。

 ところが、実際に音を聴いてみると、確かにフォークロアであり、癒しの要素を多分に含む可愛らしい室内楽作品だったので驚いたものです。さらに、日本では時ならぬペンギン・ブームが巻き起こったので、も一つおまけに驚きました。

 日本でブレイクしたのは、オーケストラ名を冠したセカンド・アルバムの一曲がCMで流れたことがきっかけでした。当時、環境音楽が人口に膾炙し始めた頃で、その中ではとても分かりやすい国籍不明の彼らの音楽は日本にもすんなりと受け入れられました。

 それに気を良くしたレコード会社からデビュー作が再発されました。その際、オブスキュアのアート然としたジャケットから、このペンギン人間にジャケットが差し替えられました。こちらもアートですけれども、断然受ける印象は違います。

 ぬくもりのあるサウンドはどこか懐かしいのですけれども、よく考えてみるとどこにも無い音楽でした。国籍不明どころか人類かどうかも不明なジャケットは彼らのサウンドを過不足なく表しています。どことなくおかしくもあり、不気味でもある。

 弦楽器とピアノを中心にした穏やかなサウンドは1980年代初頭の日本に潤いをもたらしてくれました。ワールド・ミュージックが注目される先駆けにもなりましたし、何よりも人々が穏やかになった気がしたものです。良い作品です。

Music From The Penguin Cafe / Penguin Cafe Orchestra (1976 Obscure)