「百眼の巨人アーガス」というウルトラマン世代には何だかしっくりくる題名がつけられ、こんなにそのまんまなジャケットに包まれているというだけで、昔はやたらと興奮したものです。しかも表と連動している裏ジャケ写真にはUFOまで写っています。

 アーガスそのものはギリシャ神話に登場しますが、このジャケット写真は、英国の中世、アーサー王あたりを想起させます。しかし、面白いことにこの写真は英国ではなく、南仏のプロヴァンスで撮影されています。びっくりです。

 サウンドはどうかと言えば、もうこれは英国そのものです。歌詞の世界も中世英国を思わせる世界観ですし、トラッドを感じさせるとともに、ブリティッシュ・ロックが中世にあればこんなサウンドだっただろうと思わせるに十分です。

 ウィッシュボーン・アッシュは、ドラムのスティーヴ・アプトンとベースのマーティン・ターナーの二人に、ギターを弾くアンディー・パウエルとテッド・ターナーの二人が加わって結成されたバンドです。この構成は意図したものではないそうですが、結果的にこれが大成功しました。

 このアルバムは彼らの三作目にして、最高傑作とされる作品です。ヒット・チャートでも全英5位となる大ヒットになっていますし、「メロディー・メーカー」及び「サウンズ」では年間最優秀アルバムに輝いています。

 ここでは1曲だけ、英国中世仲間と言えるルネッサンスのジョン・タウトがキーボードを弾いていますが、それ以外は4人だけ。キーボードはなく、リズム・セクションとツイン・リードにボーカルだけのシンプルな構成でアルバムが出来上がっています。

 私はブリティッシュ・ロックと言われると、まずこのアルバムのツイン・リード・ギターを思い起こします。それほどブリティッシュ・ロックが連れてくるイメージにこのサウンドがぴったりです。繊細で流麗なギターと、多重ボーカルが紡ぎだす世界は英国そのものなんです。

 特にB面が素晴らしい。王の行進を思わせると多くの人が語っているフェイド・インのイントロを持つ「キング・ウィル・カム」は、そのキャッチーなリフがたまりません。トラッド色豊かなバラード調の「木の葉と小川」に続く流れは秀逸です。

 さらにコーラスが美しい「戦士」、最後は増渕英紀氏のライナー曰く「ギター・キッズの『教則本』とも言われた名作中の名作」である「剣を棄てろ」で締めくくります。この考え抜かれた曲の配列ゆえにこの作品はコンセプト・アルバムだと断言されるのでしょう。

 実際にはアルバム制作前にコンセプトが定まっていた訳ではないそうですし、そもそもギリシャ神話の「アーガス」と歌詞の世界は関係なさそうです。それでもアルバムの統一感が半端ないので、誰もコンセプト・アルバムだということに異論をはさまない。

 発掘調査をしてみると1970年代初頭の地層から出てくるアルバムでしょう。今日的な意味というよりも、その時代を見事に封じ込めた気迫あふれる作品です。このアルバムのギターのリフは頭にこびりついて離れません。

Argus / Wishbone Ash (1972 MCA)