「やさしく歌って」は名曲中の名曲です。ロバータ・フラックが見出して、自らアレンジを施したこの楽曲は、1973年から4年にかけて、長らく洋楽シングル・チャートの首位を走っていたように記憶しています。

 スティーヴィー・ワンダーの「迷信」と並ぶ当時の大ヒット曲です。中学生だった私はソウル・ミュージックとは縁遠い生活を送っていましたけれども、この2曲だけはよく聴いていました。ほおっておいても流れてくるわけですから。

 ロバータ・フラックの5枚目となるアルバムです。デビュー当時はさほど商業的に成功したわけではありませんが、「愛は面影の中に」が映画「恐怖のメロディー」に使われたことで大ヒットしてから風向きが変わりました。

 前作はダニー・ハサウェイとの共作で、これが見事にグラミー賞を受賞して、大いに勢いにのることになります。その勢いのままに発表したのがこのアルバムです。表題曲はグラミー賞で最優秀レコード賞、最優秀楽曲賞、最優秀女性ボーカル賞を受賞します。

 商業的にもシングルは全米1位を制しましたし、アルバムもトップ3に入るヒットを記録しています。まさにのりにのった作品と言えるでしょう。ジャケットもピアノが被さっているという変形ジャケットになっています。売れていないとできない仕様です。

 ロバータ・フラックは黒人女性ですから、自然とソウルに分類されています。しかし、彼女のことを全く知らずにこのアルバムを聴くと、ジョニ・ミッチェルやキャロル・キング、ジャニス・イアンなどの女性シンガー・ソング・ライターの系譜にあると思う人が多いことでしょう。

 こてこてのR&Bというわけではなく、クラシックやジャズの影響を色濃く感じさせるところが彼女の持ち味です。また、ソング・ライターというよりも、アレンジャーとしての役割に自らの転職をみているようです。

 本作品には自作曲は一つもありませんが、曲のアレンジはホーンとストリングスを除いてすべて彼女自身が手掛けています。これがとても洗練されていて上品です。そのためにあまり時代を感じさせることなく、エヴァー・グリーンな感覚をもたらしています。

 演奏は、ロン・カーター、エリック・ゲイル、グレイディー・テイト、ラルフ・マクドナルドと主にジャズ界で活躍する大物ミュージシャンが担っています。名前を並べるだけで涎がでそうです。決して派手ではありませんが、その深い深い演奏は聴き応えがあります。

 ホーンとストリングスのアレンジは懐かしいデオダードなどが手掛けていて、こちらもとても小粋なものです。この頃はシンセサイザーが登場していましたが、彼女はここでは使わずにオーソドックスなアレンジに徹しており、それがまた大成功しています。

 アレンジャーとしてばかりではなく、もちろんシンガーとしての力量も見事なものです。癖がないけれども、柔らかな奥行きの深い声がはずんでいます。34歳と脂ののった年代の歌唱は若すぎず年寄り過ぎず、いい時期をとらえています。

Killing Me Softly / Roberta Flack (1973 Atlantic)