トーキング・ドラムは、主に西アフリカで使われるメッセージを伝える太鼓のことです。ただし、太鼓の使い道ということですから、トーキング・ドラムという種類の太鼓が存在するわけではありません。トーキングに使われる太鼓とそうでない太鼓があるだけです。

 おしゃべりに使うには、単純な音が出るだけの太鼓では難しいです。ナイジェリアで使われるのは、ドゥンドゥンと総称される砂時計型をした両面太鼓で、両面を結ぶ調べ緒がついています。この緒を絞ったりゆるめたりすることで、音色が多彩に変化し、しゃべるわけです。

 おしゃべりに使えそうな太鼓だと、調べ緒はついていませんけれども、インドのタブラがまず思い浮かびます。ついでに日本の打楽器で調べ緒がついているといえば鼓ですが、あまりおしゃべりには向いていません。調べ緒だけの問題ではなさそうです。

 この作品は邦題にトーキング・ドラムが使われていますが、原題はナイジェリアン・ビートです。トーキング機能がメインのサウンドではありませんから、むしろ原題の方がしっくり来ます。本邦企画、本邦録音なのに、この体たらくは少し残念です。

 演奏しているのはナイジェリアの有名アーティスト、ツインズ・セブン・セブンです。彼は農民であり、ボクサーであり、サッカー選手であり、政治家であり、画家であり、彫刻家であり、スピード狂であり、ダンサーであり、音楽家であり、などなどのマルチな肩書の持ち主です。

 1944年にヨルバ族に生まれ、2011年に没したセブン・セブンはこのような肩書にも係わらず、一貫してヨルバ族の生活者であり、ヨルバの森と町を離れることがありません。ポップに流れることもなく、世界に媚びることがない。ロックな、と言ってしまいたいです。

 これはセブン・セブンが初来日公演を行った1989年9月に、東京のスタジオで録音された作品です。総勢12名のミュージシャンがクレジットされています。見事にパーカッションとボーカルのみで多彩な世界が表現されています。

 使われている楽器は、ドゥンドゥンの仲間のイヤイル、カナンゴ、バタ、グドゥグドゥなどの太鼓、シェケレと呼ばれるガラガラ、U字型の鉦アゴゴなどです。それらが紡ぎだすポリリズムの複雑なビートに男女のボーカルが絡みついていきます。

 曲は全部で6曲、うち4曲は神の名前がタイトルになっています。ヨルバの神秘主義的な神話が題材です。残り二曲は儀礼曲ではなくて、「俺は彼女と結婚する」と「このままやろうぜ」というメッセージ・ソングです。ヨルバの森と町に相当するのでしょう。

 ヨルバの森の神秘はナイジェリアの作家ベン・オクリの描き出す世界で私には馴染みが深いです。分け入ることはできても、出てくることはできない神秘的な宇宙が広がっています。その真髄にはこうしてリズムが鎮座しているのでしょう。

 セブン・セブンは自身の音楽を、現代ヨルバ伝統芸術と称しています。現代と伝統が一つのものとして溶け合っている。セブン・セブンは依代となって、ヨルバの神々がこの世に降臨しているのだと思わせる深い作品です。

Nigerian Beat / Twins Seven Seven (1999 キング)