「衝撃のピアニスト」ヴィジェイ・アイヤーが、「遂に、日本上陸!」です。アイヤーという名前から推測される通り、彼は南インド出身の両親を持つアメリカ人です。3歳からバイオリンを始めていて、ピアノはその基礎の上に独学で学んだそうです。

 10代でジャズに出会ったヴィジェイは、セロニアス・モンク、アンドリュー・ヒル、デューク・エリントンなどに魅せられ、「アメリカに住む有色人種として、ぼくは彼らの自己表現における革新的なフォームを確認し」ます。

 初リーダー作は1995年で、その後、順調な活動を続け、世界的な評価が高まっていきます。そして「40歳以下の世代では最も重要な位置にいるピアニスト」とされることになったヴィジェイの40歳を目前にしたアルバムがこちらです。

 カルテットやトリオで演奏することの多かった彼ですけれども、ドイツのACTレーベルに残したこのアルバムは原題通り、ヴィジェイ初のピアノ・「ソロ」です。ただし、邦題は「デビュー」となっていて、これが本邦でのデビュー作であることが分かります。

 全11曲のうち、ヴィジェイのオリジナルが5曲、デューク・エリントンが2曲、残り4曲のうちの一曲はマイケル・ジャクソンの「ヒューマン・ネイチャー」です。そして、セロニアス・モンクが1曲、アイヤーが師と仰ぐスティーヴ・コールマンが1曲、ミュージカルから1曲です。

 自身のライナーでは、態度や状態を表すギリシャ語の「ヘキシス」という概念を持ち込んで、モンクを始めとするジャズ・ジャイアンツのヘキシスを学んだとして、このアルバムを彼らに捧げることを表明しています。

 彼が列挙する名前の中に、サン・ラーがあるのが嬉しいです。アルバム最後を飾る自作曲は「ワン・フォー・ブラント」、ブラントはサン・ラーの本名ですから、明らかにこの曲はサン・ラーに捧げられています。

 中心に座る楽曲の題名「オートスコピー」とは、オカルト的に言えば幽体離脱、自身を外側から見つめる経験を指します。「音楽を奏でることは時にそうした経験をもたらす」とヴィジェイは考えており、そのことは「違う意味でソロ・アルバム制作にも言え」ます。

 ヴィジェイはピアノをソロで弾いている自分を天井から見下ろしているようです。フリー・スタイルとオールド・スタイルを自在に行き来し、さらに時折、インドの古典音楽的な要素を感じさせる演奏をするヴィジェイをヴィジェイ自身はどう見ているのでしょうか。

 粒粒とでも言えばよいのか、ミニマルなタッチの演奏は、自己に没入するのではなく、ヴィジェイと一緒に音楽を聴いているような気になります。流麗なタッチというのとは少し異なる鉱物の結晶のような音楽です。見事な作品だと思います。

 なお、ジャケットは現代彫刻の第一人者で、インド人のアニシュ・カプールの作品です。絵かと思いましたが、これは彫刻です。こちらもとてもクールです。南インドは年中暑いのですけれども、それゆえに生み出す作品はクールなのでしょう。

Solo / Vijay Iyer (2010 Act)