「ノー・プランB」とは変なタイトルですけれども、意味するところは、「リハーサルじゃないってことだ。それが大事なんだ。趣味じゃない。リアルなんだ。今、リアル・タイムで起こっているんだ」と、ヴァン・ザ・マンが語っています。

 この作品は、ヴァン・モリソンが67歳の時の作品です。いろいろと数え方はあるでしょうが、一応35枚目の作品です。一つ前のスタジオ作品からは4年の月日が流れています。これはヴァン・モリソンにしてはとても長い間隔でした。

 しかし、そんなブランクをまるで感じさせない作品です。「リハーサルじゃない」という言葉は、本作がスタジオ・ライヴで録音されていることによって生きてきます。スタジオでこちょこちょいじったりしない。ヴァン・ザ・マンは潔いです。

 スタジオに集められたミュージシャンは6人、私が知っていた人は一人もいませんけれども、いずれ名のある人々なのでしょう。ヴァン・モリソンを支える演奏は、決して派手ではありませんけれども、深い味わいがあって素晴らしいです。

 その演奏に、モリソンの衰えを知らぬ腹の坐ったボーカルが唸ります。この作品を最初に聴いたのは実は飛行機の中でした。何気なく聴き始めたら、最後まで一気に聴いてしまい、帰国後さっそくアルバムを購入しました。これはもう伝統芸能の域です。

 モリソンはいろんなことを歌っています。「人々が話していることなら何でも、身の回りのアイデアを取り上げるんだ」とモリソンは語ります。ここのところ、人々はお金のことばかり話しているので、「イフ・イン・マネー・ウィ・トラスト」を歌ったそうです。

 しかし、「自分はプロテストしているわけではない。何が起こっているか観察しているんだ」とのことですし、「自分の信条でもないし、改宗を強いているわけでもない。曲はマニフェストなんじゃなくて、単なるアイデアであってコンセプトなんだ」と語っています。

 金融危機や経済危機のことを歌っていても、深読みするなということです。世の中を映す鏡のようなもので、決して何かを主張するために音楽をやっているわけではない。70歳を前にしてこの姿勢は素晴らしいものです。

 要するに自由自在です。サウンドも歌詞も独りよがりになることは全くなく、本当に自由です。何かに縛られているということがない。まるで仙人のようではありますけれども、世の中とのつながりはしっかりと保たれている。凄い人です。

 特に派手な展開があるわけではなく、全10曲のそれぞれが胸にしみわたります。ゆったりとしたリズムが、ダンス音楽が隆盛を極める中ではとても耳に新鮮で心地よいです。大人のロックという言い方は嫌いなのですが、こういう音楽ならその言い方もいいかなと思います。

 唄うために生まれてきた男は、「自分は頑張って生きていこうとしていた子供だっただけで、啓示を受けたとかそんなんじゃない」と言っていますが、これはやはり天啓以外のなにものでもないでしょう。そうでなければ、納得できません。

Born To Sing : No Plan B / Van Morrison (2012 Blue Note)