ジャケットを見ていると、戦前の作品のようにも思えます。CDを鳴らしてみると、出てくるのは1920年代や30年代の音楽ですから、中身も戦前です。しかし、これは正真正銘、1976年に発表された作品です。

 パサディナ・ルーフ・オーケストラは1969年にイギリスで結成されたバンドです。公式バイオによれば、彼らの歴史は、パン屋さんだったジョン・アーシーが、屋根裏部屋で1000曲を超えるスウィング&ダンス・ミュージックの楽譜を発見したことに始まります。

 もともと20年代、30年代の音楽が好きだったアーシーは大いに感銘を受けて、友人とともに結成したのがこのバンドです。初舞台は大盛況だったようです。まだかろうじて当時の音楽を聴いていた方々も存命だった頃です。

 しかし、彼らの音楽を楽しんだのは決して老人ばかりではありません。古き良き時代のレトロな音楽は若い人々の心もうったのでした。アーシー曰く、「18歳から80歳まで」のさまざまな世代から拍手喝さいをうけたのでした。

 それに、人気はイギリスばかりではなくて、ヨーロッパやアメリカにも飛び火します。特にドイツでは、デビュー前のビートルズと比べられるほどで、その後も長い間人気が続くことになりました。こんなバンド他にありませんから。

 この作品は、彼らの4枚目となるアルバムです。メンバーは総勢12名で、管楽器が6人もいます。弦楽器はヴァイオリンとバンジョー、そしてベースがそれぞれ一人ずつ。ピアノにドラムにボーカルを加えて12名です。

 リーダーを務めるアーシーは、古い映画やミュージカルに使われた楽曲を発掘してはオーケストラ用にアレンジする手法をとっています。そのアレンジは、派手なソロを聴かせるというよりも、アンサンブルを中心にした落ち着いたものです。

 この作品の宣伝文句は「マルクス兄弟のサイレント映画、ヌーヴェル・ヴァーグのデカダンス、古きよきハリウッドの夢の復活・・・。まるで恋愛映画の名作を見ているかのような通算4作目」です。確かにスクリーンの中にあるような、夢のような音楽です。

 収録された楽曲の中には、邦題が「ロマンチックじゃない」となる「イズント・イット・ロマンティック」や、ミュージカル映画の傑作「雨に唄えば」、デューク・エリントンの27年のヒット曲「クレオール・ラヴ・コール」のような有名曲もあります。

 一方で、私よりもずっと詳しい人ですら、あまり知らない楽曲も含まれています。一貫しているのは、それが古い曲であるということです。新曲は一曲もありません。必要だとも思えません。私の生まれるはるか昔の曲ばかりですから、新曲と変わらないとも言えます。

 彼らの音楽はとても品があります。芸術的というのではなく、大衆的に品があるという面白い路線です。新しいことをしようとしているわけではないところが、すでに新しい。彼らはその後も長い間活動を続けていきます。大したものです。

Isn't It Romantic / Pasadena Roof Orchestra (1976 Transatlantic)