このアルバムが制作された1980年には、モスクワでオリンピックが開催されています。このオリンピックは、日本を含む西側諸国の多くにボイコットされています。前年にソ連軍がアフガニスタンに侵攻したことが原因です。

 ベトナム戦争は終結して5年が経過していましたけれども、東西冷戦はデタントと呼ばれる緊張緩和の時代が終わり、新たなステージに入っていました。この頃、冷戦後の世界からは想像もできないほど核戦争の脅威は身近なものでした。

 しばらくバンドとしての活動を休止していたアート・ベアーズですけれども、こうした世界情勢に危機感を抱いた三人は、1980年8月にスイスのサンライズ・スタジオに集結しました。そうして一気呵成に仕上げたアルバムがこの作品です。

 クリス・カトラーの書いたテキストを金曜日の夕方に受け取ったフレッド・フリスは日曜日の午後には曲を書き終え、月曜日には録音を開始するという突貫ぶりです。よほど差し迫った危機感を抱いたということです。

 カトラーの用意したテキストは、「民主主義」、「法」、「自由」、「真理」、「(武装した)平和」、「文明」と、「海外資本投下の歌」、「殉教者たちの歌」、「独占者たちの歌」、「資本家階級下の労働階級の尊厳の歌」の二つに分かれ、最後に「目覚めよ、イギリス」となります。

 これらの歌詞が記載されたブックレットには、二枚のイラストが掲載されています。最初のページに黙示録の第一章12-19、「目覚めよ、イギリス!」の前に第10章の1-4をそれぞれ描いたイラストが置かれています。

 最初のものは、神の御使いからヨハネが「見たことを書きとめよ」との指示を受けた場面です。要するにそれぞれの歌詞は、アート・ベアーズ流の黙示録なんです。端的に表しているのは、たとえば♪6秒がイングランドの千万年を吹き払った♪というくだりです。

 そして最後のイラストは、激烈な雷の語りを封印せよとの指示を受けた場面です。実は「目覚めよ、イギリス!」の歌詞は暴力的すぎるとしてダグマー・クラウゼが歌うのを拒否したので、歌詞は印刷されているものの、録音はされていません。うまい場面を見つけたものです。

 このように見事にカトラーの歌詞の世界は黙示録的にありのままの世界を描きだします。それに呼応して、フリスの曲づくりは前作とは比べ物にならないほど、陰鬱な緊迫感を孕んでいます。牧歌的な姿はなりを潜め、ダグマーの歌も生々しいです。

 多くの場面でメロトロンかと思われるドローンが響きます。「文明」などに顕著ですが、このサウンドは当時フレッドとクリスが交流していたザ・レジデンツを思わせます。特に彼らの「エスキモー」あたりです。こうしたサウンドは新鮮に響いたものでした。

 この頃、世界に対する異議申し立てはパンクの領分でしたけれども、こうしてプログレからも純度の高い告発が出てきたことは注目に値します。アート・ベアーズとしてはこれが最後になりますが、彼らの活動はいや増しに栄えていくことになりました。

The World As It Is Today / Art Bears (1981 Recommended)