1975年といえば、フェラ・クティとナイジェリア政府当局の戦いが大いに盛り上がっていた頃で、すでにフェラは何度も勾留されて、裁判でも争い、暴力的な出来事が数多く起こっていました。そんな中で彼の創作意欲は全く衰えません。

 そんな背景を考えると、このアルバムのB面に収められた「ナ・ポイ」には何とも言えないフェラのしたたかさを感じます。この曲は、ずばりSEXのことを歌った歌です。タイトル自体がそのことを意味するのだそうです。

 直接当局を非難するのではなく、こういう方向からの攻撃もありうるということかもしれません。しかし、全くそうではなくて、単に精力が有り余っていただけなのかもしれません。どちらの可能性も考えられます。後に27人のダンサーと結婚する人ですから。

 「イエロー・フィーヴァー」は、以前の「ジェントルマン」がナイジェリアの男に向けられていたのに対し、ここでやり玉に挙げているのは女性陣です。この頃、肌を脱色する試みが流行っていたようで、それを非難しています。

 フェラは、ナイジェリアの発展を妨げているのは、植民地を経験したことによる文化的な劣等意識であると考えています。生まれもった肌を白人に近づけようとするなど、まさにそんな劣等意識の表れでしかありません。

 この当時のフェラの作品群はそれはもう名作揃いです。この作品もその一角を形成する見事な作品です。とりわけ、「イエロー・フィーヴァー」は素晴らしい。前半はインストゥルメンタルで、繰り返されるアフロ・ビートにサックスが歌いあげるところなど鳥肌ものです。

 満を持してボーカルが入ってくると、いつものフェラの力強いリリックがナイジェリア女性を糾弾します。肌を白くするなんて魅力が半減するだけだと、アフリカ魂に戻るように渾身のお説教をしています。

 そのB面が「ナ・ポイ」というのも面白いです。肌を白くしている暇があったら、もっとベッドでのテクニックを磨けとでもいうのかもしれません。フェラにしては珍しい楽曲ですが、そう考えると首尾一貫した構成だとも言えます。

 「ナ・ポイ」は、もちろんアフロ・ビートの曲ですけれども、ユーモラスな曲調で、語りがメインとも言える異色作です。言葉がまるで分からないのですけれども、かなりあからさまな内容であろうことは想像に難くありません。

 「ナ・ポイ」はあからさまな性表現のおかげで、ナイジェリアの放送局から放送禁止とされ、締め出されてしまいます。十分世間をお騒がせしているフェラがなんでここでこういう騒ぎを起こすのか、考えれば考えるほど面白いです。

 しかし、当然フェラは負けていません。「ナ・ポイ」はよりヴァージョン・アップして再登場することになります。それが後のアルバム「ナ・ポイ」です。戦闘意欲がいや増しに高まっていたフェラには、放送禁止など火に油を注ぐだけとなりました。

Yellow Fever / Fela Anikulapo Kuti & Afrika 70