シリアスで辛気臭いアートな音楽をやっているという一般的な評判だったフレッド・フリスが、ザ・レジデンツのラルフ・レコードから1980年に発表したこのアルバムはとても嬉しい驚きでした。この組み合わせの妙に手が伸びたレコードでした。

 ジャケットを描いているのはロバート・ワイアットの奥さんベンジーです。ここからして、これまでのフレッド・フリスのイメージとはかなり異なっていました。このアルバムで私のフリス観は過去に遡って修正されていますので、むしろ異なっているのは他の作品にも思えますが。

 このアルバムの制作の原動力となったのは、アート・ベアーズのデビュー作にある「ザ・ダンス」と、ボートラにある「モーリス・ダンシング」という、二曲のヘンリー・カウの曲だといいます。前者はそのテキスト、後者はバルカン半島のフォーク・ダンスの影響にその源があります。

 それがなぜ「グラヴィティー(重力)」かと言えば、音楽学者クルト・ザックスの言葉「重力とすべての抑圧者に打ち勝ち、体を精神へと変え、被造物を創造者へと昇華し、無限と聖なるものとの融合させる」に起因します。これはクルトによるダンスの分析なんです。

 さらにフリスは、このアルバムでも共演しているザムラ・マナス・マンナのラース・ホールマーから、「シンプルであることを恐れないこと、情熱的であることを恐れないこと、楽しむことを恐れないことを改めて学んだ」と語っています。音楽を始めた時の心根に帰ったということです。

 これで本作品のテーマと制作にあたっての心構えが揃いました。そして「精神の火を消すな」とスペイン語でジャケットに書いてある通りに最後まで気を抜かずに作ったということです。サウンドは見事にシンプルで情熱的で楽しいものです。

 アルバムの前半は、ロック・イン・オポジション仲間のスウェーデンのザムラ・マナス・マンナ、後半は米国のレコメン系といわれるマフィンズ、両者を通してこれもRIOからアクザク・マブールのマーク・ホランダーがフレッド・フリスをサポートしています。

 録音場所は、前半がスウェーデン、後半が米国、仕上げはスイスと、世界を股にかけるフリスです。蛙の声や雨音などフィールド・レコーディングや大人数による手拍子など、随所に面白い仕掛けも施されていて、さぞや楽しい制作だったことでしょう。深刻さはありません。

 やはりヨーロッパな前半と米国的後半ではかなり雰囲気は違い、その境目はくっきりとしています。しかし、どちらもテーマがダンスだけに、とても肉体的であることは間違いありません。一筋縄ではいかない多種多様なサウンドですが、ダンスと言えばすべてダンスです。

 基本的にはとても牧歌的なフォーク・ダンス的サウンドです。シンプルなメロディーと複雑なリズムによるダンスは、精神と肉体を解き放ち、飛翔していくジャケットの絵の通りの効果が期待できます。簡単に言えばウキウキするサウンドなんです。

 フレッド・フリスはもともとこういう人のようです。プログレ・ファンからは戸惑いをもって受け止められた作品ですけれども、じわじわと息長く評価が高まっている気がします。楽しむことを恐れてはいけないことに気づいたフリスの解放感が伝わってくる傑作です。

Gravity / Fred Frith (1980 Ralph)