かなり曰くつきのアルバムです。この作品はもともとヘンリー・カウの新作として制作されるはずでしたけれども、そうはならず、結局、カウの中の三人によるユニット名で発表されることになった経緯があります。
 
 ヘンリー・カウはキーボードのティム・ホジキンソンによる大作「アーク・ガー」を録音する予定でしたが、ギターのフレッド・フリスとリードのリンジー・クーパーはティムの書いた歌詞に大いに不満でした。

 スイスのスタジオに立つ1週間前にグループ・ミーティングが開かれ、結局ティムの作品は没となり、代わりにドラムのクリス・カトラーが歌詞をつけることとなりました。時間がなくて困ったクリスは代わりに短い歌詞をいくつも書いて、歌曲集を出すことを提案します。

 無事に録音は終了したのですが、ロンドンに戻ると今度はティムがグループ・ミーティングを招集し、「ヘンリー・カウ」名義で発表する作品ではないと主張、結局、この作品は2曲を除いて、カウ名義ではなく、アート・ベアーズとして発表されることになりました。

 アート・ベアーズはフレッドとクリス、そしてボーカルのダグマー・クラウゼのトリオです。当時のヘンリー・カウは6人組でしたから、ちょうど半分によるバンドです。彼らは、ロンドンのスタジオで4曲を追加で録音します。

 ですから、このアルバムには、ヘンリー・カウとして録音された曲とアート・ベアーズとして録音された曲が混在しています。もちろんベアーズっぽい曲が選ばれていますから、両者が混在してもあまり違和感はありません。元は同じバンドですし。

 ダグマーをボーカルとするトリオですから、編成はスラップ・ハッピーと同じです。しかし、両者はかなり違います。全く似ていないと言ってもよいくらいです。そもそもダグマーの声からして違います。時折ソフトで柔らかい表情を見せるものの、かなりドスが効いています。

 サウンドもスラップ・ハッピーのある意味緩い感じの音ではなくて、カウの室内楽的な色彩が色濃いです。ただし、フレッド・フリスによるサウンド・メイキングが中心になっており、そんな中にも飄々としたトラッド風味のユーモア感覚もうかがえます。

 ヘンリー・カウがこれに我慢できなかったのは、この頃からカウはバンドを越えて、運動になってきたからではないかと思います。ロック・イン・オポジションなる反体制派ロックのイベント開催やレコメンデッド・レコードの設立など、メンバーは大わらわとなっていきます。

 このアルバムは、クリスの設立したレコメンデッドから発表されています。思いもかけないデビュー作ということで、アルバムとしての統一テーマの設定やら何やらがとにかくバタバタと決まっていきました。

 クリスの詩人としての才能も開花しました。カウのメンバーの中で最も饒舌なクリスです。相性の良いフレッドとのコンビはよほど楽しいようで、嬉々としてポップと現代音楽の融合実験に臨む無邪気さを感じることができる作品です。

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