「アンレスト」を発表したヘンリー・カウはキャプテン・ビーフハートとのツアーに出かけました。恐らくは牛心大王に感化されたのでしょう、カウの面々は突如自分たちがいつも同じ演奏をするロック・バンドになり下がってしまったと感じました。

 これではいかんと思ったメンバーは一旦演奏活動を取りやめて真剣に自分たちの進むべき道を模索します。結論の一つがリンジー・クーパーを辞めさせることであったのは皮肉ですが、そうして彼らは何とか新たなツアーにでました。

 しかし、それでは自分探しは十分ではなかったのでしょう。こうして同じヴァージン仲間のスラップ・ハッピーと合体することになりました。もともと音楽性の相性は悪くないですし、スラップ・ハッピー側からすれば演奏者が増えることは望むところだったようです。

 この作品はその合体バンドによる作品です。どちらよりかと言えばスラップ・ハッピー寄りです。何と言っても曲を作ったのはスラップ・ハッピーの二人が中心です。全部で13曲ありますが、そのうちカウのメンバーが名を連ねているのは2曲のみです。

 曲調もスラップ・ハッピー調の「ひねくれた」ポップ感覚が横溢しています。それをカウの面々がしっかりとサポートしています。同じコラボでもファウストのような禍々しい存在感を発揮するのではなく、実に端正に美しい演奏を繰り広げています。

 またゲスト陣が豪華です。ゴングのピエール・モエルラン、エッグのモント・キャンベル、ロバート・ワイアットとのコラボが有名なモンゲジ・フェザ、ソフト・マシーンのニック・エヴァンスなど、一般的な知名度は低くても、カンタベリー系では有名どころが揃っています。

 さらに脱退したジェフ・リー、放り出されたリンジー・クーパーまで参加しています。相変わらずリンジーのオーボエは端正な演奏に花を添えています。彼女はやがてヘンリー・カウに戻ってくることになります。あの決定は何だったんでしょう。

 収められた楽曲は8分以上ある最後の「コケイジャン・ララバイ」を除くとほとんどが2分程度の短い曲ばかりです。長くても4分程度。ほのかにアヴァンギャルドを感じるポップな曲が並んでいます。「カサブランカ・ムーン」ほどではないにせよ、一緒に歌える曲が多いです。

 しかし、録音風景を見た間章氏によれば、「ダグマーは四つになる子供をあやしながら一曲一曲NGを出し、最初美しいバラードだったものが録音撮り直しの後では奇妙で風変わりな曲になって」いったそうです。一見ポップな曲調の裏には深い企みが潜んでいます。

 多用されているボーカル・ラインを楽器でなぞるスタイルはどこかアートを感じさせます。ダグマー・クラウゼのキャバレー的ボーカルとともに、やはり少し前のヨーロッパの空気が漂う、美しいアルバムです。この合体は双方にとって有益だったようです。 

 ところで、サンタナの「哀愁のヨーロッパ」は翌年の作品ですが、この作品の邦題にも影響を与えていそうです。「ヨーロッパ」という曲のすぐ後に、悲しみに満ちたとも言える美しいピアノ中心のタイトル曲が置かれていることから来たのだと思いますが。

参照:「スラップ・ハッピー」間章(「さらに冬へ旅立つために」)

Desperate Straights / Slapp Happy/Henry Cow (1975 Virgin)