イタリアン・プログレ界の奥の奥に鎮座する幻の名盤です。1972年に発表されたアルバムですけれども、発表当時、日本でこの作品のことを知っている人など皆無だったのではないかと思います。秘宝感漂うアルバムです。

 しかもその内容が、プログレの中のプログレです。キング・クリムゾンとEL&Pをブレンドしたようなサウンドと言われることもすんなりと腑に落ちる実にプログレらしいプログレです。コンセプト・アルバムですし。

 イル・バレット・ディ・ブロンゾとはイタリア語で「青銅のバレエ」といった意味合いです。なかなか意味深長なバンド名です。もともと4人組の彼らはハード・ロックよりのアルバムを発表しましたが、その後一旦は解散状態に陥ります。

 ギターのリノ・アエロとドラムのジャンキ・ストリンガは、キーボードのジャンニ・レオーネを迎え、さらにベースのヴィト・マンザリを加えて新たな四人組を編成します。新参のジャンニが主導権をとることで一作目とは大きく異なるプログレ・スタイルを完成させました。

 その彼らが発表した二作目が傑作の誉れ高いこの作品です。全体は5曲に分かれてはいますけれども、クラシック作品と同様に全体で一つの曲になっています。全体のタイトルになっているのが「YS」です。

 紙ジャケ再発時にも「イプシロン・エッセ」と題されていますが、これは英語でいえば「ワイ・エス」と呼んでいるにすぎません。ジャンニによれば、本来は「田舎の小さな家で読んだ魔術だったか神話だったかの本の中に出てきたミステリアスな島の名前」です。

 本人の記憶が曖昧ですが、これはフランスのブルターニュ地方に伝わる大洪水で一夜にして姿を消した伝説の町「イス」のことだと断定してかまわないと思います。そうであれば当然「イス」でしょう。イタリア語の「Y」はそもそも外来語のための文字ですし。

 ちなみにこの「イス」は、日本発の名作RPG「イース」の着想の元になっています。そう考えると、このアルバムを聴きながら「イース」をプレイしてみると面白いかもしれません。両者の世界観はどこかでつながっていることでしょう。

 サウンドはもはやどこからどう聴いてもプログレです。変拍子を多用した目まぐるしい展開は、狂気と表現する人も多いほどです。四人の緊張感あふれるインタープレイが典型的なプログレ・サウンドです。ここまでいくと変態っぽい。

 ただし、どうもイタリア語はこうした音楽に乗りにくいようです。演奏と歌唱のミスマッチ感が少しするところがまたイタリアン・プログレの典型です。クラシカルな要素の少ないイタリアン超絶技巧プログレを堪能するには最高のアルバムの一つでしょう。

 ところで本作品の作詞作曲はマゾッチという名前になっています。本当はバンドが作っていますが、何でもイタリアの音楽著作権協会に入っていなかったので、便宜的にナポリの婦人の名前を借りたそうです。印税もそっちに行ってたりして。

YS / Il Balletto Di Bronzo (1972 Polydor)