相対性理論のという紹介が全く不要になってしまったやくしまるえつこの実験作です。何と言ってもアーティスト名がエクスペリメントですから、これは実験以外のなにものでもありません。それも全6曲、それぞれが別の実験です。実験ですから意欲に溢れています。

 まず最初は「光と光と光と光の記録」。これは光を放つオリジナル楽器を演奏する四人によるアンサンブルの記録です。やくしまるはdimtaktという楽器です。自称「9次元楽器」、あと1次元か2次元で超ひも理論の世界です。

 センサーを内蔵した光るスティックのようなもので、傾けたり回したりすると、光ながら音が出るというものです。形はミュージカル・ソウなのか、道祖神なのか。いずれにせよ、不思議な楽器であることは間違いありません。なんたって9次元です。

 それにレーザー光線を発するドラびでおのレーザーギター、お馴染みオプトラムの伊藤篤宏による蛍光灯楽器オプトロン、そして「第18回メディア芸術祭」でエンターテイメント部門新人賞を獲得したドリタの不定形なスライムシンセサイザーを加えたカルテットです。

 聞いた事がない音というわけではありませんが、ビジュアル面でのインパクトは相当なものがあります。光と音が交錯するパフォーマンスは面白いものです。ビデオが同時に公開されているので、その世界を堪能することができます。

 2曲目はオルタナティブな小説家円城塔から「視覚詩のようにグラフィカルに記述されたテキスト」を受け取ったやくしまるが、「そこからタンパク質のフォールディングを読みだして、(折りたたみと機能発現までを)時間方向で実演してみせた」ものです。

 朗読を多重録音した作品で、テキストが見事に折りたたまれていくと、タンパク質、すなわち命が生まれてくるようです。不思議な作品を世に問う円城の世界がこれほど見事に描かれている例を知りません。これはまことに素晴らしい。

 3曲目はdimtaktとレーザーギターによる即興デュオで、6曲目はdimtaktのソロ。この2曲はこれまで公開されたことがないもので、他の曲のような企みがあるわけではありません。このアルバムのために制作された曲と思われます。新楽器dimtaktを堪能する曲です。

 4曲目は「素数を譜面とした人力で演奏された作品」です。NHK-FMの「やくしまるえつこ科学音楽実験室」にて一部公開されたものです。ドラムと声による作品です。ジョン・ケイジの星座を演奏する作品を思い出しましたが、表情は随分違いました。

 5曲目の「思い出すことなど」では夏目漱石とのまさかの朗読デュオです。もちろん漱石の肉声ではなくて、彼の骨格を分析して復元された声です。やくしまるの朗読で漱石のテキストが生きてきたのは発見でした。漱石には歌ってほしかったと少し思いました。

 というわけで、どれもこれも面白い実験でした。それにポップさが失われていません。そこが彼女のいいところです。「実験室は、いつだって何かワクワクするようなことあ起こる場所」という通り、ずっとワクワクさせられっぱなしの1時間でした。

Flying Tentacles / Yakushimaru Experiment (2016 みらい)