オペラの世界に西部劇があるとは初めて知りました。プッチーニの「西部の娘」です。1910年の作品ですから、カリフォルニアのゴールド・ラッシュからはすでに半世紀が過ぎています。時代考証的には全く不自然ではありませんが、西部劇とオペラはどうも違和感があります。

 ニューヨークを訪れたプッチーニが舞台作品をいくつか見た中で、この作品にオペラの可能性を見たということです。対立候補が「マリー・アントワネット」だったと聞くと、そっちの方がすんなりオペラなのにと思ってしまいます。

 プッチーニあたりになると、ミュージカルと地続きだと考えた方がよさそうです。現代に息づくオペラです。とはいえ、別に西部劇が現代に息づいているわけでもなく、映画の影響で大西部を身近に感じているだけといえるかもしれません。

 この作品は、イタリアの指揮者フランコ・カプアーナがローマ聖チェチーリア音楽院管弦楽団を指揮した作品で、レナータ・テバルディとマリオ・デル・モナコという有名なオペラ歌手が歌っていることで名盤の誉れを授けられている作品です。

 カプアーナは演奏中に急死したという逸話が有名です。何とも指揮者冥利に尽きる死に方です。観客やオーケストラはさぞや肝を冷やしたことでしょうけれども。ただし、この作品の演奏に限ってはあまり評判がよろしくないようです。

 この録音の評判を手繰ってみますと、何と言っても絶賛されているのは実は盗賊のディック・ジョンソンを演じたマリオ・デル・モナコの歌声です。モナコは1915年にイタリアに生まれた名テノール歌手です。この時は40歳を少し越えたところで全盛期です。

 圧倒的な歌声で、オペラ至上主義者には噴飯ものかもしれませんが、私は彼の歌声を聴いて、この人はポップス界でもやっていけると思ってしまいました。恐らく、声を張らずに歌っても甘い歌声でしょう。とにかく圧倒的な力量です。

 対するヒロイン、ミニー役をやっているレナータ・テバルディはマリア・カラスと人気を二分したと言われるソプラノ歌手で、この時は30代後半です。絶頂期はもう少し後に来るのかもしれませんが、西部劇っぽい感じはあまりいたしません。

 ただし、オペラ自体は西部劇なので、ピストルがパンパンなっていますし、何やら見慣れた下世話さが満載です。モナコはそこにもぴったりと適合しています。天上の歌声であると同時に酒場の歌声でもあるという見事なボーカルです。

 下世話度が高いのは、プッチーニがこの作品の制作に取り掛かった頃、後に映画にもなった不貞事件の渦中にあったせいかもしれませんし、「蝶々夫人」などと違って、実際に現地に足を踏み入れたからという説もあります。

 プッチーニのオペラの中では一般的な知名度は劣りますけれども、マリオ・デル・モナコの圧倒的な歌唱が聴けるだけでもお得です。しばしば共演者を霞ませてしまうというモナコの本領が遺憾なく発揮されている作品だと思います。

Puccini : La Fanciulla Del West / Franco Capuana (1958 Decca)