先鋭的なロックやジャズにも造詣の深い、音楽評論家を生業としている友人が「ファドにはまっている」と年賀状に書いてよこしたので、頭の中にはてなマークが三つほど浮かびつつも、俄然ファドに興味が湧いてきました。

 さっそく調べてみると、ファドはポルトガルの民族歌謡で、その代表的な歌手は何と言っても亡くなった時には国全体が喪に服したというアマリア・ロドリゲスであるということが分かりました。アマリアの名前は有名でしたから、私も知っていましたが、そこまでだとは。

 そこで、アマリアの作品を聴いてみようと思っていた時にタイミング良く発売された国内盤がこの作品でした。代表作というより、「ファドの女王様が世界に飛び立つキッカケになった1956年の歴史的公演のライヴ・アルバム」ですから、入門者には余計に向いています。

 パリの音楽シーンの中心的な場所だったミュージック・ホールのオランピアに、アマリア・ロドリゲスがポルトガル人としてはじめて出演した時のライヴ・アルバムです。フランスの聴衆はほとんどが初めて生でファドを聴いたのだそうです。

 公演が実現した背景には、フランス映画「過去を持つ愛情」の挿入歌として、アマリアの唄う「暗いはしけ」がヒットしたという事情があるようです。そのヒットをひっさげてフランスに殴り込んだわけですから、気合も入ろうというものです。

 結果は大喝采をあびて、「ファドが世界に飛び立つ」こととなり、このアルバムはその「瞬間の輝きを真空パックした歴史的なアルバム」です。メルシーとオブリガートを交互に繰り出すアマリアも次第次第に熱気が高まってくるのが手に取るように分かります。

 伴奏はギターラと呼ばれる12弦のポルトガル・ギターと、通常のクラシック・ギターの二人だけです。後者はポルトガルではヴィオラと呼ばれます。ジャケットにある通り、アマリアの後ろに置かれた椅子に二人の奏者が片足ずつかけています。タモリがやっていた気がします。

 この時のアマリアは30代半ばで、すでにポルトガルを代表する歌手になっていました。しかし、彼女はこの後、さらに大きく円熟していくことになるので、このアルバムの頃はまだまだ初々しい魅力に満ちています。

 ちあきなおみがファドを歌って様になっているように、日本で言えば全盛期の演歌のようなものだと思えば間違いありません。しかし、日本の演歌がどんどん様式の中に小さく折りたたまれてしまったようなことは、少なくともこのアルバムには見られません。

 大西洋を挟んでブラジルとポルトガルでキャッチ・ボールをしながら生き生きと息づくフレッシュな音楽です。「暗いはしけ」はブラジル人の曲だそうですから、両国の親和性の高さも良く分かるというものです。

 それにしても感動的な歌声です。かなり気負っているようですけれども、伸びやかでどすの利いた歌声には聴いていて鳥肌がたってきます。ギターの音色も美しいです。パリはアマリアの足もとにひれ伏したといったところでしょうか。

Amália No Olympia / Amália Rodrigues (1956 ライス)