イディ・アミン大統領は1970年代にウガンダに君臨した独裁者です。西側諸国からは蛇蝎のごとくに嫌われ、本人は菜食主義者であるにもかかわらず虐殺した国民の肉を食べたとして、食人大統領とまで言われました。

 私たちの世代にとっては、アントニオ猪木と異種格闘技戦を戦うことになっていたという噂で有名な人です。少年マガジンなどでその話がおどろおどろしく伝えられ、私たちの脳裏に深く刻まれています。実際、その話はクーデターがなければ実現していたかもしれないそうです。

 西側諸国にとっては、とんでもない人物ですし、アジア系の国民にとっても悪魔のような人ですが、西側に抑圧されたアフリカの解放者としての側面は確かにあります。彼のさまざまな言辞はフェラの心に響いたことは事実です。

 フェラ・クティの充実の1975年作品であるこのアルバムの裏ジャケットには、子供たちや友人に並んで、アフリカの指導者たちの写真が掲げられました。ガーナのエンクルマ大統領、ギニアのトゥーレ大統領、そしてウガンダのアミン大統領です。

 そのため、フェラの周辺では物議を醸すことになりました。もちろんフェラはそんなことに屈することはありません。どうどうと「フー・ノー・ノー・ゴー・ノー」ではアミン大統領の名を挙げて称えています。

 この頃のフェラは充実の極みにあります。何枚もの作品を発表していて、どれもこれも傑作揃いです。中でもこの作品は人気が高い。いつものようにA面とB面に一曲ずつですが、今回はタイトル曲が10分程度と短いのが特徴です。多作ですからファンも許します。

 タイトル曲は、フェラがカラクタ共和国を通っていくバスになぞらえてナイジェリア社会を歌っていきます。エスタブリッシュメントを代表する乗客とフェラを擁護する乗客との間で論争が起こり、最後は「すべてが崩壊する」わけです。

 この頃のアフロ・ビートは完成して揺るぎない風格を漂わせています。トニー・アレンのバタバタしたドラムのビートとともに、同じフレーズを繰り返すベースやリズム・ギター、そしてテナー・ギターのヒプノティックなサウンドが続きます。

 そこにコール・アンド・レスポンスでフェラとコーラスの掛け合いと、分厚いホーンの響きが重なり合う。タイトル曲は、ねっとりとしたベースから始まります。ねっとりとしたサックスが絡み、そこにどんどことトニー・アレンのドラムスが入ってくるところがまず鳥肌もの。

 テナー・ギターがうなるとフェラのオルガンが力強くソロをとります。こうやって描写していくと10分立ちそうです。録音もくっきりしていて、音が際立っています。2曲目も分厚いホーンが嬉しい大作です。

 とにかくサウンドは力強いです。正直に告白すると当時の他のアルバムとくっきりと区別がついているかというと自信がありませんが、これもまた私の頭の中にあるアフロ・ビートの壺の中で攪拌されて、見事な効果をもたらしてくれます。

Everything Scatter / Fela Ransome Kuti & Africa 70 (1975 Coconut)