アヴィシャイ・コーエンとは聴き慣れない名前です。コーエンはイスラエルの生まれのベーシストです。1970年生まれですから、12作目となる本作でもまだ40歳の時の作品です。大活躍と言ってよいと思います。

 ジャズ・ベーシストと言えば、真っ先に思い浮かぶのはジャコ・パストリアスです。コーエンもご多聞に漏れず、ジャコとの出会いがあって音楽の道で生きていくことを決意した人です。ベースの魅力に憑りつかれた人だと言えます。

 コーエンは、チック・コリアに注目されたことが、今日の成功のきっかけになりました。そのせいか、本作品もかなりピアノの比重の高いアルバムになっています。恩師とも言えるチックにも心酔しているのでしょう。

 彼の音楽は、「アラビアやトルコといった中近東音楽とNYで学んだジャズの要素がミクスされ彼独自の世界が展開」されるとレーベルの公式サイトに記されています。中東の色合いが濃いとは思いませんが、確かにちょっと変わったジャズだと言えます。

 この通算12作目の作品は、前作の「オーロラ」とほぼ同じメンバーで録音されています。コーエンのベースとイタマール・ドアリのドラムス、シャイ・マエストロのピアノ、エイモス・ホフマンのギターに加えて管楽器隊、そしてカレン・マルカのボーカル。

 名前を上げたミュージシャンはみんなイスラエルのアーティストです。ここまでイスラエル人ばかりだと、イスラエル色が濃いと言ってしまってよいでしょう。というか、これがイスラエルらしさだと学ぶしかありません。

 このジャケットは写真ではなくてイラストです。見れば見るほど不思議な海の絵です。イスラエルに引っ張られて、どうしても死海のイメージを持ってしまいます。明け方の死海。いろいろなものを内包した七つの海です。七つの海に死海は含まれませんが。

 アルバムはやはり払暁から始まります。「ドリーミング」と題された不可思議な曲は、コーエン自身がピアノを弾いています。彼がピアノを弾くのはこの曲と最後の曲「トレス・ヘルマニカス・エラン」の二曲のみ。後者は弾き語り作品です。

 このピアノが何ともきらきらしたサウンドです。他の曲はシャイ・マエストロが弾いていますが、そのスタイルは二人よく似ています。アジア的な湿り気を帯びたチック・コリアとでも言えるサウンドです。これがアルバム全体を覆いつくしています。

 このアルバムのサウンドは、多分にお伽噺的です。「七つの海」は世界を経巡る旅を表わす言葉でしょう。異国の地であって、実は地球のどこにもない場所を巡るオデッセイが旋律に塗りこめられています。

 ダンス音楽に影響を受けた現代ジャズとは少し違うところで、プログレ的な色彩をまとったフュージョン・サウンドが奏でられていきます。コーエンはボーカルもとりますが、ベーシストらしく、そちらも控えめな活躍ぶりです。とにかく美しいサウンドです。

Seven Seas / Avishai Cohen (2011 Blue Note)