日本の田舎者にとって、1960年代のパリはとても現実味のない街でした。男はみんなエロオヤジで、女はみんながフランス人形。金髪のフランス美女など、同じ人間とはとうてい思えませんでした。

 付けも付けたり、「パリの妖精」。シルヴィ・バルタンはまさに妖精のような人に思えたものです。当時、日本でも人気が高く、レナウンのCMでワンサカ娘を歌ったりしていました。私はまだ幼かったですが、この曲はよく覚えています。

 実際のところ、シルヴィ・バルタンは妖精どころか、したたかなアーティストで、生涯第一線で活躍している人です。チャリティ活動も筋金入りで、故郷ブルガリアの救済のために力を尽くしてもいます。大した人です。

 シルヴィは、1961年にデビューしましたが、当初は、イエ・イエと呼ばれるフランス産ロックン・ロールでアイドル的な人気を得ています。この作品は、1968年の発表で、まだまだ初期とは言え、60年代の集大成とも言えるフレンチ・ポップスのアルバムになっています。

 さまざまなスタイルの楽曲が並んでおり、見事にポップなんですけれども、日本人にはとても馴染みが深いスタイルです。アメリカのロックン・ロールというよりも、リズム感覚がずっと歌謡曲に近いです。60年代の歌謡曲アルバムを聴いているような気持ちの良さがあります。

 このアルバムからは二曲の大ヒット曲が生まれています。「想い出のマリッツァ」と「あなたのとりこ」です。前者は故郷ブルガリアへの思いを唄った歌ですが、「枯葉」の盗作騒動もあったほどの堂々たるフレンチぶりです。

 そして「あなたのとりこ」は日本でも何度もヒットしており、映画「ウォーターボーイズ」で使用されたことから2002年にもオリコン・チャートの上位に食い込んでいます。この映画を見て、なかなか曲名が思い出せなくて伸吟したことが懐かしいです。

 アルバムにはバラードあり、ミュージカル調あり、ロック調ありと何でもありのごった煮も歌謡曲っぽいです。紙ジャケ再発では、当時のシングル曲「愛のフーガ」、「悲しみの兵士」、「アブラカタブラ」が加えられていて、よりポップさが増しています。

 シルヴィは、この年、再起不能かと思われた交通事故に遭っています。助手席にいた親友の死に自責の念にかられた彼女が復帰するまでにかなりの時間がかかりました。この作品は見事に復活を遂げた彼女の再起第一弾作品でもあります。

 そう思って聴くと、すべてを貫く溌剌とした歌声に重みを感じます。音楽を続けていく決意を秘めた強靭な歌声です。その歌声とサウンドは当時の時代と密接不可分に結びついていて、もはや当時のフランスを思わずに聴くことは不可能です。

 ソング・ライティング・チームは大半がフランス人ですが、後にフォリナーを結成するミック・ジョーンズが加わっていることが小ネタとして特筆されます。また、「悲しみの兵士」のナレーションは当時の夫、アイドルのジョニー・アリディです。話題豊富なアルバムです。

Sylvie Vartan (La Maritza) / Sylvie Vartan (1968 RCA)