美人の国として名高いウクライナのジャズです。ウクライナは独立して以来、なんだかずっとごたごたしている印象がありますが、そもそも歴史上ウクライナが独立していた時代はほとんどないそうで、国としては本当に若いということなのでしょう。

 コンスタンチン・イオネンコは、「現代ウクライナ・ジャズの中心人物」です。1979年生まれですから、まだ36歳、ジャズ・ミュージシャンとしては若い部類に入ります。彼の担当楽器はベースです。ベーシストがリーダーと言えば、チャールズ・ミンガスを思い出します。

 コンスタンチンは、クラシック音楽を学び、ビートルズやレッド・ツェッペリン、デヴィッド・ボウイなどのロックを聴いて育ちました。「アート・ロックのバンドに参加してギターや作曲を担当したのがジャズへの一歩だった」という、ジャズと疎遠の地らしい経歴の人です。

 この作品は、リーダー作としては2枚目にあたります。「ノエマ」はフッサールの現象学で使われる用語で、意識の対象的側面を指します。対になる言葉がノエシスで、こちらが意識の作用を指しています。意識の両面です。

 イオネンコは、ノエマを「思考と感情が織りなす構造」ととらえ、そこには「なめらかで柔軟な波形や豊かな秋の自然を思わせる色彩、共感や希望に溢れてい」ると見て、「それはメロディやリズムの構成に置き換えることが出来るんじゃないか」とこのアルバムを企画しました。

 かなり哲学的な言い方なので、かみ砕くと、「僕の音楽は、自然の情景からインスパイアされている部分が大きい」、「作曲者としての僕はもっと記憶とかイマジネーションに重点を置いているんだ」ということになるのでしょう。

 カルテットで奏でられるサウンドは「キエフの朝靄に包まれたような、淡く澄みわたった美しきサウンド・デザイン」と紹介されている通り、水彩画のような淡い印象をもたらします。どちらかと言えば、ECM系のヨーロッパのジャズに近いです。

 参加メンバーはいずれもウクライナを代表するミュージシャンです。イオネンコの盟友とも言えるドラマーのパヴェル・ガーリツキィ、まだ学校で音楽を勉強中だというフリューゲル・ホーンのドミートリィ・ボンダーレウ、そしてギターのアレックス・マクシミフです。

 アレックスは自身がリーダー作も発表している「現代ユーロ・ジャズの中心人物の一人」です。彼のギターは音のテクスチャーの決め手になっており、サウンドの生地を静かに織り上げています。弾きまくってもなお淡い色彩を残すところが面白いです。

 同じようにドミートリィのフリューゲル・ホーンが歌っても、熱を帯びたインタープレイが怒涛のように進んでいくというわけではなく、あくまで淡々とした風景が進んでいきます。山やオチがないサウンドとも言えますが、仔細に見ていくととても豊かな色調が現れてきます。

 意識の作用によって、意識内に再構成された風景が広がっていくということですから、一見意味の無い風景であっても、そこには豊かな意味が付与されている。そんなことを考えさせる美しい作品です。

参照:CDJ2016年3月号 オラシオ

Noema / Konstantin Ionenko Quartet (2015 Core Port)