三味線は和楽器の中では最も身近な楽器だと思います。双璧をなすのは尺八でしょうか。お琴も親戚のお宅にありましたが、ちょっと図体がでかい。三味線や尺八の手軽さには負けます。さらに尺八は音が出るまでが難しい。三味線の独り勝ちです。

 今でも街を歩くと、時折三味線の音が聞こえてくることがあるほどです。テレビ・ドラマでもしばしば三味線が顔を出します。浪曲や義太夫、常磐津に津軽三味線とその徹底的な大衆音楽ぶりがむしろ潔い楽器です。

 三味線は近世邦楽では三絃と呼ばれることが多いそうです。三味線よりもすこしハイブロウな響きがいたします。このアルバムでの三絃は大衆音楽のそれとは異なり、現代音楽を奏でています。三味線に対する考え方が変わること請け合いです。凄い音です。

 西潟昭子は、「三絃(三味線)演奏の可能性を、国内外の作曲家と追求し続ける現代のヴィルトゥオーゾ」です。1945年生まれで、幼少より母親に箏を習った彼女は、芸大で箏と三絃を学んだ後、杵屋正邦に現代音楽の三絃を師事、以降第一線で活躍しています。

 私は、学生時代にコジマ録音のALMレーベルに入れ込んだ時期がありまして、西潟昭子の名前はそこで目にして以来、ずっと気になっていました。「三絃」と題したアルバムは美しいジャケットとともに記憶に留まったままです。

 この作品は、同じく「三絃」と題しているものの、ALMの作品とは異なり、「日本音楽の巨匠」シリーズの一作として、ビクター伝統文化振興財団から発表された企画盤です。このシリーズはなかなか素晴らしい企画だと思います。

 収録された曲は4曲で、作曲者は日本を代表する現代音楽の作曲家、三枝成彰、松平頼暁、池辺晋一郎の3人に加えて、世界中の民族音楽に造詣の深いアメリカの作曲家ルー・ハリソンの4人です。

 三枝の曲「DUO’87」は箏とのデュオです。解説にある通り、三絃が津軽三味線的、打楽器的に振舞うのに対し、箏がピアノのオスティナートによる伴奏形をとる風景が続きます。べちゃっとした三絃独特の音色ときらきらした箏の音色を聴かせる曲なのでしょう。

 ルー・ハリソンの曲は「組曲」になっています。西潟が委嘱して生まれた曲なのだそうで、三絃の音色がとても不思議です。聞いた事の無い不思議な単旋律を装飾するような響きは何なんでしょう。音が濁っているとも言えます。それが何とも素晴らしい。

 松平の「カインの犠牲者達のために」は三部構成になっていて、それぞれの楽章は名前を問うて、銃声で答える趣向で終わります。琉球、ベトナム、朝鮮をテーマに予め録音された三絃の音と独奏を重ねる構造の曲で、やはりこれまたこんな三絃は聴いたことがありません。

 最後の池辺の「捩烈譜」はコントラバスと打楽器とのアンサンブルです。これまた三絃は完全に現代音楽の楽器と化して新鮮な音色を響かせてくれます。一体、三絃の可能性はどこまであるのでしょう。音色だけでも聴き入ってしまうアルバムの締めくくりとして秀逸です。

Sangen Contemporary / Nishigata Akiko (2005 ビクター)

作品とは関係ありませんが、三絃の現代音楽ということでご参考まで。