この作品を発表した頃、来日したデヴィッド・ボウイは「ブライアン・イーノの言うことは半分くらいしか理解できません。ロバート・フリップの言ってることは全く分かりません」とにこやかにインタビューに答えていました。たしか「スター千夜一夜」だったと思います。

 それまでは、宇宙人だったり、ダイアモンドの犬だったり、とんでもない女好きのくせに同性愛者だと言ってみたり、どうも胡散臭い感じがしていたのですけれども、この発言を聞いて私は人間デヴィッド・ボウイのことが大好きになりました。

 「ヒーローズ」は「ロウ」に続くベルリン三部作の真ん中の作品で、前々作からのリズム隊、前作からのブライアン・イーノに加えて、今回はキング・クリムゾンのロバート・フリップが全面的に参加しています。

 前作の顰に倣って、ここでもA面はボーカル曲中心、B面はインストゥルメンタル曲中心の構成です。しかし、前作に比べると格段に完成度が高いアルバムです。「ロウ」がリハビリ的パーソナルなアルバムだったのに対し、こちらは言わばプロ仕様です。

 特にボーカル曲中心のA面は、より硬質な声で、タイトに引き締まった演奏が繰り広げられます。この統一感は半端ないです。B面のインスト曲も、当初は途中の三曲が組曲扱いだったと記憶しています。こちらもより分かりやすい難解さになりました。

 タイトル曲はいつの間にやらボウイの代表曲になりました。ベルリンの壁にこだわった意味深長な歌詞も素晴らしいですけれども、何と言ってもこのサウンドが新しかった。スタジオ全体を楽器のように使うというイーノのコンセプトを見事に体現した曲です。

 すべての楽器が混然一体と溶け合って、広がりのある音世界が繰り広げられます。シンセやキーボードにフリップのあの音色のギター、さらには単調なドラム音さえもが得も言われぬ味をかもし出します。これは名曲です。

 ただし、発表当時はこの曲もアルバムも手放しで受け入れられたわけではありません。前作「ロウ」が酷評されていて、より分かりやすいはずのこの作品も同様の運命でした。しかし、今やこの両作品ともにボウイの傑作としての評価が確立しています。

 それだけ時代を先取りしていたということでしょう。レゲエと並んでパンクやニュー・ウェイブの底を流れるクラウト・ロックの水脈を掘り起こしただけでなく、圧倒的に新しいサウンドを見出したボウイとイーノ、そしてフリップの功績は大きいです。

 なお、B面一曲目は「V2シュナイダー」で、クラフトワークのフローリアン・シュナイダーとかかわりがあるそうです。インスト面はこの曲と、最後の「アラビアの神秘」に挟まれて、より先鋭的なサウンドながら、親しみやすく構成されています。

 さて、ジャケット写真は鋤田正義さんの一世一代の名作です。同じ鋤田さんのイギー・ポップの「イディオット」が対になっていて、二枚並べると闘っているようにも見えます。新しいボウイの音楽をこれほどまでに的確に表している写真はありません。名作です。

"Heroes" / David Bowie (1977 RCA)