可愛らしい楽器を吹いています。クリスチャン・スコットの使っている楽器は、トランペット、シレネッタ、リバース・フリューゲルホーンとなっています。トランペットは「カトリーナ」と命名された23度の角度で上を向いた特殊なものだそうです。

 フリューゲルホーンもリバースって何なんでしょう。さらに、シレネッタって何?イタリア語で人魚姫。一体全体何なんでしょう。ただ、ブックレットの写真を見る限り、ビジュアルも楽しい楽器ばかりで、一筋縄ではいかないスコットのこだわりがいいです。

 クリスチャンは「俺はこの楽器と俺の技術を駆使すれば、ささやくような音色を奏でることができる」と豪語しています。確かに多彩な音色です。あまりのことに、こんな音もでるのかと思っていたら、本当にサックスだったということまでありました。

 クリスチャン・スコットは、ロバート・グラスパーに代表される2010年代の新しいジャズ・シーンを牽引するミュージシャンの一人です。1983年生まれですから、まだ30歳を少し越えたくらいの若い人です。

 10代の頃からプロとして活躍しながら、バークリー音楽大学でもきちんと学んだ人です。そんな彼は、「ジャズを何かに置き換えるのではなく、ジャズをストレッチ=拡張しようとしているんだ」と、このアルバム・タイトルを説明しています。

 「聴いてきたすべての音楽から影響を受けている」彼は、その聴いてきた音楽として、ジャズはもとより、キューバとプエルトルコ、レディオヘッドに、インディー・ロック、さらにはヒップホップなどを挙げています。その影響はとても明瞭に見て取れます。

 アルバムの一曲目「北京の夜明け」はジャングル・ビートで始まりますし、二曲目の「ツイン」はまるでラテン音楽のリズムです。さらにはインディー・ロック風のギターが出てきたかと思えば、スティーヴ・ライヒ風のミニマル音楽も出てきます。

 「ジャズのリズミックでメロディックでハーモニックなコンビネーションを、様々な音楽の形式や言語や文化を取り込み、包み込んで拡張させたいんだ」という意思は見事に貫かれていて、その幅の広さに圧倒されます。

 一つのスタイルを掘り下げる読書型というよりも、さまざまなスタイルを幅広く取り入れていくインターネット型のジャズだと言えるでしょう。聴いている方も忙しいです。それぞれの曲の正体をいろいろと考えながら聴いてしまいます。それも楽しみということです。

 共演するミュージシャンもなかなか凄い。特にドラム。コーリー・フォンヴィルとジョー・ダイソンの二人の若手ですが、やたらと手数の多い曲から、ヒップホップ、ロック、ラテン、ジャズと何でも対応しています。この二人はサンプリング・ドラム・パッドも同時に叩いています。

 スタイルから入っている部分もあると思われますが、とにかく多彩な音が出てくるので、最後まで息をつく暇がない。腰を落ち着けて聴かないと右往左往しているうちに終わってしまいます。2010年代のジャズはクラシック・ジャズとはまるで別の音楽のようです。

Stretch Music / Christian Scott Atunde Adjuah (2015 Ropeadope)