ジャケット写真に見覚えがあると思ったら、これはマレーネ・ディートリッヒのポートレートに肖ったものだそうです。ピッタリ同じ写真は見当たりませんが、言われてみればなるほどと思います。目の付け所が素晴らしいです。

 ボウイはレコード会社をRCAに移籍するとすぐにこのアルバムを発表しました。前作以降に始めてアメリカを訪問したボウイは、ニューヨークでアンディ・ウォーホールやルー・リードに出会います。ついでにボブ・ディランも含めて憧れの人との邂逅です。

 その影響はストレートに出ていて、「アンディ・ウォーホール」に「ボブ・ディランに捧げる歌」が収録されています。ついでに「クイーン・ビッチ」はルー・リードの影響というのが通り相場になっています。結果として、前作に比べ、アメリカ的な明るさがほのみえています。

 この作品からはプロデューサーがケン・スコットに変わります。ビートルズのエンジニアも務めた彼は、ヴィスコンティとは異なり、外連味がありません。ボウイの持ち味がより素直に表現されているように思います。

 グラム・ロックを確立した作品とも言われるアルバムです。しかし、一般にグラムの名前から想像されるような華麗なサウンドというわけではなく、比較的シンプルで生々しいサウンドが素晴らしいです。

 ボウイは次作の「ジギー・スターダスト」があまりに有名なわけですけれども、この作品は、ビートルズで言えば「サージェント・ペパーズ」の一つ前の「リボルバー」に相当すると言えるでしょう。その充実した内容や息長い人気のありようが似ています。

 実際、数多く存在するボウイのベスト・ソングは何かという企画において、この作品は根強い人気を誇っています。それも、大ヒットした「チェンジズ」のみならず、「マイ・ウェイ」のパロディーだという「火星の生活」、「ユー・プリティ・シングス」などがノミネートされています。

 さらにイギリスの高級紙「ガーディアン」では「ザ・ビューレイ・プラザーズ」が堂々と入選しています。ボウイと同世代の人にとっては、歌詞の世界を始め、よりボウイの素の姿が現れている「ハンキー・ドリー」は愛おしいアルバムなのでしょう。

 よく言われるようにボウイはお兄さんが精神病院に入院しており、自らの血の中にも病気が潜んでいるのではないかと苦悩していたということです。北野武監督の「その男、凶暴につき」で描かれていた世界です。

 ボウイ自身、この作品はその兄への愛と狂気への不安をテーマにしたと語っています。それが端的に表れたのが「ザ・ビューレイ・ブラザーズ」です。この後、さまざまな衣装をまとうことになるボウイも、ここでは傷つきやすい生身の若者の姿で立っています。

 ミック・ロンソンのギターにリック・ウェイクマンのピアノを加えたバンド演奏も格段にすっきりしており、ボウイの世界観がより直截に表現されていきます。宝物のように慈しむべきアルバムだと思います。

Hunky Dory / David Bowie (1971 RCA)