それこそ「セイント・ジュリアン」と呼ばれる聖人はたくさんいます。しかし、その誰かに自分を託しているわけではなくて、単に名前がジュリアンだから「セイント・ジュリアン」なんでしょう。神様や聖人の名前とはほとんど無関係な日本人にはできない芸当です。

 ジュリアンは、神と悪に対する不満をこの作品に込めることにしたと宣言しています。世界に対する恐れを説明するために、自分が最も嫌う人間になったふりをしているのだとも語っています。「セイント・ジュリアン」の意味合いが少し分かってきました。

 ごみ置き場で十字架にかかったような格好で写り込んでいるジュリアン・コープはさながら聖人です。素っ裸に亀の甲羅を背負っていた人とは思えません。しかも、全身を黒で包んでいるのみならず、革ジャンにタイトなレザー・パンツ。

 ジュリアンの前2作は私も大好きですし、その筋では愛されていますが、商業的には惨敗でしたし、評論家受けも決してよくはありませんでした。その後、故郷に引っ込んで、自分の行く末を心配してばかりいたそうです。

 それが、「もう他人が何を考えているか心配するのはやめ」た結果、この迷いのない力強いロック・サウンドに行きつきました。「ほとんど皮肉でなしに、『セイント・ジュリアン』でたまたま本当にクールになっちゃったんだ」と本人が語っています。

 一体、ジュリアン・コープの身に何があったのでしょうか。ブックレットにはあれやこれやこの頃の事情が記載されていますが、今一つ得心がいくものはありません。若い頃にはこういうこともあるということにしておきましょう。

 サウンドは、ギターのドナルド・スキナー曰く、「気まぐれなシド・バレット的側面がなくなりました」。前作の荒涼としたサイケデリックな風景はかなり薄まっていて、力強いロックは日比谷野音で見たジュリアンは幻ではなかったのだとはっきりと確認させてくれました。

 プロデュースは制作前半にはラモーンズやトーキング・ヘッズとの作業で知られるエド・スタシアム、後半はウォーン・リヴジーで、この人はマット・ジョンソンとのザ・ザが有名です。何とも渋いところを持ってきました。

 バンドは、前作から、ギターのドナルド・スキナー、ドラムのクリス・ウィッテン、そしてティアドロップ・エクスプローズ時代のベーシスト、ジェイムズ・エラーと、ジュリアンに馴染みの深い人々で占められています。あまりお友達がいないとみました。

 新たに契約したアイランド・レコードは、まだアイドルの余韻が残るジュリアン・コープにヒットを期待していた節があり、ある程度、ジュリアンもそれに応えたサウンドにはなっています。しかし、やはり彼の変な部分が勝っています。

 一作目のアルバム・タイトルを曲名にした「ワールド・シャット・ユア・マウス」やこのアルバムのタイトル曲などのキャッチーな名曲をはらみつつ、やはり最後は8分間にわたるざわざわする「雲の裂け目」なる曲で占めています。ここで「フライド」ファンは安心するんです。

Saint Julian / Julian Cope (1987 Island)