寺久保エレナのアルバムは出たら買うと決めています。これまでの三作は同じ特殊仕様のジャケットだったので、三作並べるとなかなかかっこよかったのですけれども、今回は変則紙ジャケになりました。

 この作品は本人も語る通り、「第二の出発を飾るアルバム!」です。前作までは伊藤八十八がプロデュースに当たっており、キング・レコードからの発表でしたが、今回はヴィンセント・ハーリングのプロデュースでカナダのセラー・ライブからの発表です。

 寺久保エレナをデビューさせた伊藤八十八さんは2014年11月に亡くなっており、今作では、彼に捧げる「88」という曲が収録されています。「もし、いなくなってしまったら本当に寂しい・・・そんな気持ちを込め、ご闘病中に書き上げました」とのことです。

 寺久保エレナは2015年春に日本人初のクラスの特待生として学んだバークリー音楽大学を卒業しています。その後、ニューヨークでこのアルバムのプロデューサーとなるサックス奏者ヴィンセント・ハーリングと出会い、彼を師匠として腕を磨いたんだそうです。

 そのハーリングがカナダのレーベルに話をつなぎ、このアルバムが制作されました。今回のメンバーは、ピアノとハモンド・オルガンにデヴィッド・ヘイゼルタイン、ベースにデヴィッド・ウィリアムス、ドラムにルイス・ナッシュという面々。寺久保のアルト・サックスでカルテットです。

 ヘイゼルタインは1958年生まれで、ポップスをスタンダードに変える名手、デヴィッド・ウィリアムスはトリニダードの出身らしく、ヘイゼルタインともプレイしたベテラン・ベーシスト、ルイス・ナッシュは400を越えるレコードに参加している1958年生まれのドラマーです。

 1964年生まれのハーリングが、1992年生まれの寺久保エレナの次に若いという見事な構成のバンドです。こう見ると、彼女は正統派モダン・ジャズの継承者であることがよく分かります。本人もその自覚ははっきりしています。

 「あの方々がやって来たことを折り紙に例えたら、それこそ端の端までキチっと揃え、それを千個、形にしているような感じなんです。つまり、ミリ単位まで神経を注いでいる。そう言ったことも継承していきたいんです。」

 最近発表されている若い人のジャズ作品は、多くがクラブ・ジャズ的な感覚を持っているものです。しかし、彼女の作品は徹底的にオーソドックスなジャズです。それがこんなに感動的だというところが凄い。聴いていて震えがきました。

 この作品は、前作「ブルキナ」の重厚さに比べると、かなり軽やかにまとまっています。ハーリングによれば「急速に才能を開花させているアーティスト、寺久保エレナの素晴らしいスナップショット」です。スナップショットという言葉がしっくりくる作品です。

 「金の烏龍茶」に「88」の2曲のオリジナルの他はスタンダードばかりで、それも「ロード・ソング」のようなコミカルなタッチの曲も含んでいます。ひたすら一生懸命だったこれまでの作品に比べ、より落ち着いて幅が出てきたような印象です。ぜひライブを見たいと思いました。

参照:CDジャーナル2016年2月号(菅野聖)

A Time For Love / Erena Terakubo (2016 Cellar Live)

試聴はこちらから。
http://cellarlive.com/products/erena-terakubo-a-time-for-love