ルクセンブルグは王国ではありませんから、王様なんていらっしゃいません。これは英国生まれのサイモン・フィッシャー・ターナーによる変名ソロ・ユニットです。サイモンは子役としてテレビ番組などに出ていたこともあるという芸能界のエリートです。

 ルクセンブルグ王のコンセプトは、「お金には困っていない王様が税金対策のために音楽活動をしている」というものです。本物の貴族が実在する英国らしいコンセプトです。敗戦国日本には身近に貴族がいないので、なかなか実感が湧きません。

 カバーにはすっかり中世の王様になり切ったサイモンの写真が使われています。アーサー王伝説の頃の王様のように見えます。背景にみえるスリーピー・ホロウかロビン・フッドかという森の光景とともに、中世ヨーロッパの雰囲気が色濃く漂っています。

 だからといってサウンドが中世ヨーロッパ風かというとそんなことはありません。英国のひねくれポップの系統にあって、その中でももっともお洒落な部類に入る音楽です。ルクセンブルグ王は決してお年寄りではありません。

 そもそも、サイモンがルクセンブルグ王と名乗るきっかけとなったのは、レーベル主のマイク・オールウェイの提案によるものです。レーベルは「エル」、ルイス・ブニュエルの映画の題名から名前を拝借しています。

 ルイス・ブニュエルの代表作は「アンダルシアの犬」、目玉を剃刀で切るシーンが強烈すぎて恐ろしいです。どこがどうこのレーベルのサウンド展開と一致するのか分かりませんけれども、とにかく一味違うサウンドを追及したレーベルでした。

 この作品は同レーベルの顔とも言うべきキング・オブ・ルクセンブルグ名義のセカンド・アルバムです。前作がカバー曲中心だったのに対し、今回もキャプテン・ビーフハートのカバーなどがあるにせよ、基本はオリジナル主体となっています。

 このサウンドの特色は何と言ってもアナログ感覚です。1988年頃と言えばデジタル・サウンドがとてつもなくお洒落だった頃で、猫も杓子もデジタルでした。特にドラムの打ち込みリズムはほとんど定番と化していた時代です。

 そんな時代に堂々とへっぽこすぎないアナログ・サウンドを提示したサイモンは凄いです。さすがにお金に困っていない「貴族」による税金対策プロジェクトです。「貴族」ですからお金儲けをする必要がなく、トレンドも気にせずに好きなように音楽を作ることができます。

 歌詞もウィットに富んでいます。私の壺にはまったのは、「ターバン・ディスターバンス」でニューデリーに赴任した男の悲劇を歌った曲です。植民地時代を描いた曲ですから、まさに物語的です。

 日本では渋谷系サウンドなどに大きな影響を与えています。しかし、一般的には全く無名に等しく、知る人ぞ知る密室ポップ演芸と言えるでしょう。その真骨頂がこの2枚目にあります。根が明るい人なんでしょう。貴族も彼には無邪気な憧れの対象になっているようです。

Sir / The King Of Luxembourg (1988 El)