いよいよシンセサイザーが登場しました。コンラッド・シュニッツラーは英国にあるエレクトロニック・ミュージック・スタジオ社によるポータブル・アナログ・シンセサイザー、EMSシンシAを導入いたしました。

 シンセと言えばムーグの方が有名ですけれども、こちらはマトリックス・ピン・ボードというピンを刺していくボードが特徴で、今でも一部には人気の高いシンセです。何でもピッチを正確に合わせるのが難しいので、非音楽的な作品には重宝するのだそうです。

 そうなるとコンラッド・シュニッツラーにはますますぴったりです。一番有名なのはピンク・フロイドの1973年作品「狂気」に使われたもので、他にもクラウス・シュルツやタンジェリン・ドリーム、わが国ではメルツバウなんかも使っているようです。

 そもそもコンラッドは楽器が演奏できる人には純粋な音楽はできないという思想の持主です。音が楽器に規定されてしまうからということでしょう。音階にしても、ドとレの間には本当は無限の音階があるはずなのに、ドかレに引っ張られる。音色も楽器に規定される。

 そんなことを考えていた人がシンセを手にしたわけですから、天地がひっくり返るくらい喜んだことでしょう。シンセサイザーは、これまで聞いた事がない音を出す楽器です。おまけに、富田勲さんが話していたように、初期のシンセは音階も不安定でしたし。

 しかも一人で何でもできてしまう。シュニッツラーは、なかなか一緒に音楽活動をしていくのが難しい人ですから、これはまた鬼に金棒、シュニッツラーにシンセ状態です。あらゆる面で最も幸せな結婚になりました。

 この作品は、コンラッド・シュニッツラーの色シリーズ第二弾として、1973年4月に500枚限定でプライベート・プレスされました。前作がKのクラスターの演奏でしたから、実質的なソロ・デビュー作はこちらということになります。

 LPではA面とB面に一曲ずつ入っています。どちらも「純度の高いエレクトロニクス・サウンド」と紹介されている通り、普通の意味での曲らしくなくて、電子音を鑑賞するための曲です。メロディーやリズムなど余計なものがないという意味での純度の高さです。

 そうは言っても2曲の間に区別はあって、A面が「メディテーション」、B面が「クラウトロック」と付けられている通り、A面はドローン中心、B面は打楽器的な音が中心となっていて、音の表情が随分違います。

 ただし、別に瞑想向きということではありませんし、一般に認識されるクラウト・ロックとも全く違います。日本にある公式サイトによれば、曲名はコンラッド自身ではなく、他人が付けたのだそうです。それで安直なのでしょう。

 紙ジャケ再発にあたっては、ボーナス・トラックとして「レッド・ドリーム」という曲が追加されています。同時期の録音らしく、あまり違和感がありません。以降脈々と続いていくエレクトロニクス・サウンドの原点と言える作品です。

Rot / Conrad Schnitzler (1973 Private)