ヴァン・モリソンはこの頃、トム・ジョーンズと一緒に仕事をします。なかなか意外な取り合わせです。片やショウビズの夜の帝王、こちらはビジネスとは無縁の孤高のシンガーです。しかし、この取り合わせは意外にぴったりだったようです。

 この作品にはモリソンがトムに提供した曲のセルフ・カバーが収録されています。トムのアルバム・タイトルともなった「キャリイング・ア・トーチ」を始めとする4曲です。トムのバージョンを聴いてみると、曲の良さが光っています。もちろん、ヴァンが歌う方も素敵です。

 多作をきわめるヴァン・モリソンが満を持していよいよ放つ2枚組です。それもCDだと一枚に収まる半端な長さではなく、CD2枚にぎっしりと90分以上に及ぶボリューム満点の2枚組です。物凄いエネルギーです。仕事をする男です。

 邦題は何故かアルバム中の一曲「オーディナリー・ライフ」が選ばれています。特にシングル・カットされたわけではないのに何故だか分かりません。恐らく、収録曲中では一番タイトルに持ってきやすい曲名だからでしょう。

 ヴァン・モリソンのことを扱い兼ねている日本のレコード会社の苦悩が垣間見えます。原題は「沈黙への賛歌」と、かなり宗教的です。実際に賛美歌も2曲含まれています。このあたりの感覚が日本人にはどうもしっくりこないということでしょう。

 ヴァン・モリソンの「アストラル・ウィークス」は分類不能のサウンドでした。しかし、その後の彼の作品もなかなか分類しにくいです。ロックともフォークとも、ジャズとも何とも言い難い。ヴァン・モリソン自身がジャンル名になったようなものです。

 ここでも味わい深いリズム・セクションに、いつものようにジョージー・フェイムのオルガンや面白い名前のニール・ドリンクウォーターのピアノが絡む、シンプルながら奥の深い音が続いていきます。ヴァン・モリソンのギターは前にはあまり出てきません。

 今回、花を添えているのは、アイリッシュ・サウンドそのものとも言えるチーフタンズ、そして美人アルト・サックス奏者として、当時、日本でも大いに人気のあったキャンディー・ダルファーです。チーフタンズは2曲、キャンディーは3曲に参加しています。

 2枚組にぎっしり詰まっているだけあって、曲調はバラエティーに富んでいます。中でも目を引くのは裏ジャケットに写真が載っているベルファストの「オン・ハインドフォード・ストリート」です。シンセのドローンをバックにヴァン・モリソンが詩を朗読しています。

 普通、そうした曲はディスクの最初か最後に持ってくるものなのに、ここでは2枚目の4番目という微妙な位置にあります。そして最後の曲は、「アイ・ニード・ユア・カインド・オブ・ラヴィング」で、交換手に別れた彼女に電話をつないでくれと懇願しながら終わっていきます。

 こういう細かい仕掛けはありつつも、全体に丸みを帯びて大きく世界を包む見事に落ち着いたサウンドです。円熟の香りがますます濃くなってきました。それなのに、トム・ジョーンズのようなエンターテイナーにはなり切れない。その武骨さがたまりません。

Hymns To The Silence / Van Morrison (1991 Polydor)