ムーンライダーズは稲垣足穂の「一千一秒物語」にヒントを得て名付けられたのだそうです。そうとは知らず大変失礼しました。私も「一千一秒物語」のページを何度も繰った口です。本当に素敵な作品でした。

 また、彼らははっぴいえんどと並ぶ日本語ロックの草分けたるはちみつぱいを母体としていることは知っていましたけれども、アグネス・チャンのバックバンドをしていたとは知りませんでした。1970年代、日本のロック界は大変な世界だったのでしょう。

 この作品はムーンライダーズの8枚目となる曰く付きのアルバムです。その曰くとは、レーベル側と意見が対立して、発表が一旦見送られたというものです。実際には何年も遅れたわけではないとはいえ、1982年にCDのみでリリースされるという暴挙にでます。

 当時、CDは出たばかりの頃で、CDプレイヤーを持っている人は少なく、まだまだレコードの時代でした。当時は、嫌なことをするもんだなあと思ったものでした。「東京一は日本一」というこの頃出たベスト盤のタイトルとともにムーンライダーズがすっかり嫌いになりました。

 そんな事情があるものですから、この作品を実際に聴いたのは、歳をとって長年のわだかまりも溶けた後でした。まあ、こちらの勝手な思い込みなわけですけれども。当時、聴いていたら何を感じたのか、これは永遠に分かりません。

 発表が遅れたのは、レーベル側から「難解すぎる」とダメ出しを喰らったからだそうです。1982年と言えば、YMOもやりたいことをやっていましたし、英米のニュー・ウェイブ・サウンドはそれこそ百花繚乱でしたから、そのダメ出しも解せません。

 そもそも大ヒットするとは思っていなかったでしょうし、当時の彼らの底固い人気ぶりを考えればコストくらいは回収できたのではないかと思います。ノイズに満ちているわけでもなく、不協和音の嵐というわけでもない。妙な歌詞とは言え、ちゃんとメロディーを歌っています。

 この作品のサウンドをライナーにて小田晶房氏が分析しています。アルバム冒頭の一拍目の突然のスタート感覚、ドラムマシンの名機TR808の音、ギター・サウンドがほとんど聴こえてこないこと、ヴォーカルが非常にドラマチックである点が特徴としてあがっています。

 シーケンサーやサンプラーなど当時一般化したばかりの機材を縦横無尽に駆使して、さらにそれを従来型の楽器サウンドと組み合わせるという、実験的なサウンド作りを、ポップさを失わずに行っている点は賞賛に値するものだと思います。

 レーベル側の意見に多少肩入れするとすると、その分析も含めて、どこかにまかない飯的な感覚があるのではないかと思います。人に聴かせることを目的とするのではなく、仲間内で楽しんでいる感覚です。そこはさすがに全員プロデューサーという稀有なバンドです。

 楽曲の質はもちろん高いですし、随所に耳を奪う仕掛けがしてありますから、飽きることなく聴けます。歌メロも耳についてくるので、ついつい口ずさんでしまいます。日本的ニュー・ウェイブ・テクノ・サウンドの結晶だと思います。

Mania Manièra / Moon Riders (1982 Japan)