私が初めて買ったLPがサイモンとガーファンクルのベスト盤でした。その頃、CBSソニー所属のアーティストは毎年のように日本で編集されたベスト盤が出ており、私が購入したのはどうやらこのアルバムではありません。

 これは「ポール・サイモンとアート・ガーファンクル、それにプロデューサー、ロイ・ハリーの3人が1年の歳月を費やして」制作した作品で、ライブ録音を交えたり、その他の曲でも新たなトラック・ダウンを行ったりと、手のかかったベスト盤になっています。

 アーティスト公認のベストとも言えるわけで、ほぼ同時期に買ったにもかかわらず、これではなかったというのが何とも残念です。私が買った曲順のものはもう二度と手に入らない上に、詳しくは忘れてしまいました。記念すべき初めてなのに悲しいです。

 当時、ビートルズと並び立つのはローリング・ストーンズではなく、サイモンとガーファンクルでした。ロック後進国の日本ではストーンズがビートルズ並みの一般的な人気を得るのはちと難しい。そこへ行くとフォークなS&Gは分かりやすいです。

 歌謡界から洋楽に入門を志す者をS&Gは優しく受け止めてくれました。まだ戦争が終わってから30年も経っておらず、外国は遠い世界でした。そんな戦勝国の音楽である洋楽にはただひたすら憧れしかありませんでした。

 とはいえいきなりロックはハードルが高い。うまく和洋の世界をつなぐ存在が必要で、それがS&Gだったわけです。辞書を引き引き読んでみると、やたらと哲学的な歌詞が出てきますし、サウンドも適度に新鮮でした。

 「アイ・アム・ア・ロック」は十分ロックでしたし、ドラマチックな「明日に架ける橋」は四チャンネル・ステレオ向きのオペラのようでした。「ボクサー」は歌による物語の何たるかを教えてくれましたし、「コンドルは飛んで行く」はラテンとの出会いでした。

 「スカボロー・フェア」はトラッドへの招待状でしたし、「いとしのセシリア」は賑やかなお祭り騒ぎも歌の中にあっていいんだと教えてくれました。「早く家へ帰りたい」は家出への憧れをうまく昇華してくれたようにも思います。

 日本におけるサイモンとガーファンクルはかくも誤解に近い受け止められ方をしていたのでした。私も今だからこそこんなことが書けるのですが、S&Gを聴いていたというのはどこか恥ずかしい過去だと思ってしまっています。

 ボブ・ディランという選択肢もあったのにそちらを選ばなかったことがしこりのようになっているわけです。ただ、ディランは洋楽入門にはならなかったと思います。やはりそこはポール・サイモンの雑食主義が必要でした。

 そんなこんなで複雑な思いが交錯する作品です。もはやいろいろな思いに蓋をして聴くわけにはいかない作品です。作品の公正な批評は他の方に全面的に委ねることにして、CD棚に再び封印したいと思います。

Greatest Hits / Simon & Garfunkel (1972 Columbia)