スキャンしたら真っ黒になってしまいましたが、ジャケットの中央部を大きく占めているのは鏡です。ユーライア・ヒープのような銀紙ではなく、厚みもあるガラス製の本物の鏡なんです。そのためにジャケットがとても重い。なかなか味わいがあります。

 「スラムドッグ・ミリオネア」のアカデミー賞受賞と時を同じくしてインドでヒットした映画のサウンドトラックです。音楽担当はスラムドッグと同様、ARラフマーンです。発表順から言えば、ちょうどスラムドッグの次の作品ということになります。

 ラフマーンはアカデミー音楽賞をとりましたが、インド国内の反応としては、スラムドッグはラフマーンの作品としては中程度の出来だというものが多かったと記憶しています。インドの至宝ラフマーンへの遅すぎる西洋からの賛辞は複雑な気持ちを呼び起こしたようです。

 その際、インド人の念頭にあった作品群の一つがこれでしょう。時期的にも近いですし、西洋っぽくアレンジされていたスラムドッグに対して、こちらはインドの伝統音楽を取り込んだよりインド的色彩の強い傑作ですから。

 「デリー6」の「6」はオールド・デリーの中心地チャンドニー・チョークの郵便番号110006を示しています。映画は、そのタイトル通り、インドの首都デリーを正面から見据えた作品です。デリーはメトロに代表される新しい顔と聖牛に代表される古い顔が交錯する大都会です。

 アメリカ育ちの若者が故郷で最期を過ごしたいという祖母とともにデリーに戻ってくるお話で、恋愛模様も描かれますが、主眼はあくまでもデリーという町を描き切ることにあります。なかなか感動的なお話でした。

 ラフマーンの音楽は監督の意図にしっかりと応えて、しっとりとデリーの町に密着しています。彼は南部の出身ですから、自分の故郷と言うわけでは全くないにも係わらず、北部の伝統音楽を上手く消化して見事なサウンドに仕上げています。

 「ボール・バイェ」では、北部の古典音楽ヒンドスタニの声楽の巨匠バーデ・グラム・アリ・カーンの声を使っています。巨匠は68年没ですから、昔の録音のサンプリングなわけですが、歌姫シュレヤ・ゴシャールの新録音とで見事なデュエットを構成しています。

 また、「ゲンダ・プール」では昔のフォーク・ソングをうまくアレンジしており、この曲を歌ったレカ・バルドワージはインドの権威あるフィルムフェア・アウォードで最優秀女性プレイバック・シンガー賞を受賞しました。

 さらに、ヒットした「マサカリ」を歌ったモヒット・チョーハンは同アウォードで最優秀男性プレイバック・シンガー賞を受賞しましたし、ラフマーン自身もベスト音楽監督賞に輝いています。真摯なテーマに応えて、ラフマーンもシンガーたちも気合が入りました。

 曲調はいつも通り多彩ですけれども、今回はアルバム全体を貫く空気感がほぼ同じです。新旧が交錯するデリーの町同様に、新しい音楽と伝統的な音楽を見事に調和させたラフマーンの手腕に感服いたします。

Delhi 6 / A.R. Rahman (2009 T Series)