♪嵐の日も彼とならば♪とつい口をついて出てしまいますが、この作品は南沙織ではなくて、ヴァン・モリソンの1971年作品です。「ストリート・クワイア」からちょうど1年、ヴァンの新作はまたまた充実の作品となりました。

 わずか1年とは言え、この間、ヴァン・モリソンは東海岸のウッドストックから西海岸に居を移しています。ヴァンのような鋭い感性の詩人兼歌手にとっては、住む場所も大きくその作風に影響してきますから、この転居は決して侮れません。

 直接には大家に引っ越しを迫られたことがきっかけのようですが、例のドキュメンタリー「ウッドストック」以降、激変した環境に嫌気がさしたこと、結婚したジャネット・プラネットの実家が西海岸だったことからお引越しが決まった模様です。

 引越し自体はよかったのでしょう。モリソンはこの地で後にカレドニア・ソウル・オーケストラなるバンドを結成することになります。しかし、このアルバムはまだ引っ越して間がないですから、まだバンドが固まっていません。

 モリソン自身はウッドストックでのバンドを解散したくなかったそうですが、結局、サックスのジョン・シュローヤ夫婦だけが付いてきてくれて、後は基本的にはセッション・ミュージシャンがバックを務めています。

 特筆すべきは華麗なギターを聴かせるロニー・モントローズでしょう。後のロニーの活躍を見るとヴァン・モリソンとの組み合わせは少し意外です。もう一人、MJQのコニー・スミスが「アストラル・ウィークス」に続いて参加しています。これもまた少し意外です。

 さらにプロデュースはヴァン自身とテッド・テンプルマンが当たっていることにも触れなければなりません。テッドはこの後大物になっていく人です。ミュージシャン集めにはテッドが大きな役割を果たしたものと思います。さすがに素晴らしい人選です。

 この作品はジャケットからして分かる通り、ジャネットとの結婚生活の幸せを歌ったおのろけアルバムとして知られます。いつも通りの力強いボーカルですけれども、全体に柔らかな雰囲気が漂います。私生活の充実ぶりが素直に表れてくるところがヴァンらしいです。

 曲はほとんどがウッドストック時代に書かれたものです。当時、彼はカントリー・アルバムを作ろうとしていたようで、その試みは頓挫したものの、この作品にはカントリー色が色濃く出てきています。そこが前作との最大の違いでしょう。

 テュペロはエルヴィスが生まれた町ですが、もとは植物の名前です。その花からとった蜂蜜がテュペロ・ハニーです。なかなか小粋な命名です。しかも明らかに奥さんのことをテュペロ・ハニーと曲中で呼んでいます。お惚気の真骨頂です。

 しかし、結局、後にジャネットとは破局することになりますから、ヴァン・モリソンのこのアルバムに対する評価は高くありません。まあそれはよく分かります。あまり手放しであの頃は良かったというわけにもいかないのでしょう。

Tupelo Honey / Van Morrison (1971 Warner)



おまけ。