「アストラル・ウィークス」のことは扱い兼ねてしまいます。ロック界で一二を争うボーカリスト、ヴァン・ザ・マン、男ヴァン・モリソンの実質的なソロ・デビュー・アルバムは全然ロックではありません。では何かと問われると答えられない。

 出来上がった作品を聴いたレコード会社の皆さんが「ただ首を横に振るばかりだった」という気持ちもよく分かります。ゴールド・アルバムに認定されるまで33年かかったそうですし。私も30歳を過ぎてから、初めてこのアルバムの凄さが分かるようになりました。

 ヴァン・モリソンはゼムでの成功後、米国に渡ってしばらくの間は「ブラウン・アイド・ガール」の大ヒットはあったものの、レーベル側ともめて不幸な時期を過ごしました。レーベルをワーナー・ブラザーズに移籍して心機一転取り組んだのがこの傑作です。

 そういう出自を考えると、ポップな作品を意地でもやらないぞという決意も分かります。「浮世離れした」と言われる音楽に取り組んだ彼は、その音楽を理解するいいプロデューサーに出会います。ルイス・メレンスタインです。

 彼はトム・ウィルソンの弟子らしいです。またトム・ウィルソンです。この頃の新しい音楽には常にトムの影が見えます。それはともかく、ルイスはベースのリチャード・デイヴィスをリーダーに、MJQのドラマー、コニー・ケイを始めとする名うてのジャズマンを集めました。

 リチャードはエリック・ドルフィーやケニー・バレルなどをサポートしてきた人です。他の面々も共演してきたのはジャズ・ジャイアンツばかりです。そんなバンドをバックにモリソンが歌うわけですから、ロックと呼べるものにはなりません。

 リチャードは「僕たちは彼の歌を一度聞いただけで演奏を始めていた」と述懐しています。モリソンは、こんな人たちと一緒にやるのだからと、バンドの面々の自発性に完全に任せたようで、「あんまりコミュニケーションはなかった」そうです。

 テイクは重ねられていますが、セッションは短期間に終わっています。見事なまでに一貫した姿勢です。そうして、バンドとモリソンのインタープレイが徹底的に尊重された作品が仕上がったわけです。

 力強いモリソンのボーカルは、繊細極まりないテクスチャーを持ったジャジーなサウンドとこの上なく固く結びついています。こんな音楽はそれまで聴いたことがありませんでしたし、それからも聴いたことがありません。唯一無二のサウンドです。

 一言で言えば神々しい。ヴァン・モリソンの姿に救世主が二重写しになって見えてきます。米国の評論家で唯一日本で名前が売れていたグリール・マーカスは、モリソンが捉えているものとして、「人生に対する許しの素振り」と書いています。救世主そのものです。

 このアルバムは私の中で特異な位置にあります。「R&B、ブルースをベースに」しているのでしょうけれども、ロックでもジャズでもブルースでもない。アイルランドを探索すれば何かが分かるかもしれないと思うのですが、未だ果たせずにいます。

Astral Weeks / Van Morrison (1968 Warner)