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救いの手を差し伸べたのは英国でした。かの有名なジョン・ピールなどに支持されて英国で少しは有名だったことを頼りに、ネテルベックはヴァージンとの契約に漕ぎつけます。リチャード・ブランソンのヴァージン黎明期、まだ「チューブラー・ベルズ」前です。
面接したヴァージンのサイモン・ドレイパーは、30秒ほど彼らの演奏を聴いて「充分クレイジーだ」と契約を決めたと言いますから、当時のヴァージンは凄かった。そうしてファウストの面々は、英国にあるヴァージンのマナー・スタジオにアルバム制作のためにやって来ました。
ここで、ネテルベックとドレイパーはいい戦略を思いつきます。ネテルベックがヴュメで録りためたファウストのテープをヴァージンに無償で供与、ヴァージンもわずか49ペンスと儲けなしのシングル盤の値段でLPにして発売することにしました。それがこのアルバムです。
いわば試聴盤のようなものですが、この頃はまだまだLPは特別なものでしたから、シングルの値段で売っていれば買ってしまう人も多かった。一説には10万枚も売れたそうです。お得感が半端なかったわけです。日本でも「ホット・メニュー」とかありました。
内容的には45分程度に全26曲が詰め込まれたハチャメチャなものです。ヴュメではいつでもどこでも思いついた時に思いついたように録音していた彼らですから、その断片を詰め込んだものが一般的な人気を得るわけがない。
それでも10万枚も売れたわけですから、たとえ大半がフリスピーとして野原を飛び回っていたとしても成功だと言えるでしょう。ファウストの面々は最初はこのアルバムを3作目と認めないと言っていたそうですが、今では胸を張っています。
メンバーの一人ジャン・エルヴェ・プロンは、この作品について「80から85%はルドルフ・ゾスナの作品だ」と語っています。半分ロシア人のルドルフは大酒飲みの詩人で、プロンによれば「ファウストの天才、ファウストのすべて」でした。
1971年から2年間の間に行われた録音を詰め込んだアルバムにふさわしくないコメントですが、それだけルドルフの存在が突出していたということなのかもしれません。ファウストはあくまで有機体なので、それも何だか不思議な気もしますが。
彼らの出す音は音楽ではないと言えば語弊があるのですが、ロックやジャズを始めとする音楽の伝統から全く外れています。音楽的な冒険があるわけでもなく、新しい音というわけでもありません。しかし、妙です。そんな彼らの姿が最もよく表れたアルバムだと言えます。
ところで、意外とボーカル曲は耳に残ります。特に「歯痛」や「ストレッチアウト・タイム」などは今でも時々口をついて出てきます。普通に聴いていて楽しい作品なんですが、何とも奇妙な気分になるアルバムです。
参照:"Future Days" David Stubbs
The Faust Tapes / Faust (1973 Virgin)