ファウストはハンブルグから出てきました。60年代のハンブルグと言えば、本格デビュー前のビートルズが活動していた町です。敗戦後のドイツには文化的な真空が生じており、そこにビートルズがもたらした音楽は、一部の人々には傷口に塩を塗るようなものでした。

 有力なジャーナリストのウーヴェ・ネテルベックは、ドイツ・オリジナルなバンドを手掛けようと、大手ポリドール・レコードを説得します。「新しいビートルズ」という触れ込みだったと言いますから凄い。ポリドールは30万マルクを投じます。

 ネテルベックは知人の映画監督を通じて、ジャン・エルヴェ・プロンと接触、彼のバンドとその知り合いの別のバンドを合体させてファウストが誕生します。この経緯を額面通り受け止めると、まるでレコード会社中心の作られたスターなわけです。

 このバンドが、と思うと驚きを禁じえません。もちろん、ウーヴェもバンド・メンバーたちもレコード会社の言いなりになる人々ではなく、出来上がった作品はまるでコマーシャルとは程遠いものでした。当時のポリドール幹部の心中やいかに。

 有名な話ですが、バンドはハンブルグ近郊の小さな町ビュメにある廃校を、ポリドールのお金でスタジオに改造し、そこでテレビも新聞もないコミューン生活を開始します。いつでもどこでも演奏ができ、また録音もできるという理想的な環境を手に入れたわけです。

 メンバーは6人、ウーヴェとポリドールのインハウス・プロデューサーのクルト・グラウプナーを加えて8人、リーダーもおらず、ルールがないことが唯一のルールという共同生活の中で、音楽が生み出されていきます。

 既存のロックとは何のつながりももたないドイツのバンドであればこそ、自分たちのサウンドを手に入れるに際し、既成のサウンドは切り刻み、改変して、ありとあらゆる要素をコラージュしていくダダ的な手法が採用されました。

 不真面目であることに真面目、真面目であるべきことに不真面目を貫き通す姿勢で作られた音楽は、シリアスな中にもユーモアを湛えた唯一無二のものでした。素っ裸で生活していた彼らの真骨頂です。

 レーベルのプロデューサーでありながら、クルトの果たした役割は大きいです。彼は演奏中に他のメンバーの出している音を改変できる装置を各メンバーに与えています。これは彼らのサウンドを理解する上で大きな鍵だと思います。そんなことをしていたとは。

 ファウストというバンド名は、ドイツ語で「こぶし」という意味で、ジャケットはそのレントゲン写真です。もちろんゲーテの「ファウスト」も意識されており、そこにはドイツのバンドであることの強い主張があります。

 このレコードも長い間幻のアルバムでした。透明なジャケットに包まれたLPはマニア垂涎の的。それをこうしてCDで復刻したストレンジ・デイズには感謝したいです。クラウト・ロックの極北がここにあります。

参照:"Future Days" David Stubbs

Faust / Faust (1971 Polydor)